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コール アンド シャウト!
「ちょっとお!何処に行くのよう!」
俺はガキを細い腕から剥ぎ取り、早足で歩き出した。ガキは暴れたが、その口を窒息寸前まで手で塞いでやると怯え出し、ようやく沈黙した。
気まぐれで後ろを振り向く。ミスフォーチュンテラーが追い駆けてきていた。テーブルは放置し、命と同等に大切なタロットカードだけはバッグとともに持ってきているようだ。
抜弁天通りに出て、タクシーを止める。先にガキを中へ放り、俺も行き先を告げながら乗り込んだ。最後にミスフォーチュンテラーがスライディングし、タクシーは走り出した。
ガキはすぐに俺の膝の上を這い、黒いレザーズボンを汚しまくると、赤いコートへと飛び込んだ。俺が汚れを払うと、運転手は顔をしかめた。
「ね、ね、何処に行くのよう?」
「五月蝿い!車から蹴落とすぞ!」
「ちょっと、お客さん!物騒な事言わないで下さいよ」
下らない三重奏を繰り返した後、タクシーは本郷通りの古い建築群の前に停車した。一万円を叩きつけて、ミスフォーチュンテラーごとガキを引き摺り降ろす。門に立つ警備員がこちらをサーチしたが、構わずに二人を不条理の中へと叩き込んだ。嫌気がするほど通い慣れた順路を辿り、戦いに疲れた講堂と苦悩を知らない新館を無視し、老朽化した建物の階段を駆け上がる。無数にある扉を吟味して開くと、教室にはサイエンティックエンジェルが数多くいた。軽く舌を打つ。
「お?何だよ、珍しい。悪ィけど、パソ全部埋まってるぜ?」
「お前には今すぐブレイクが必要不可欠だ。そこをどけ!」
「ちょっ!おい―――!」
俺は目の前にある壁を強制的にブレイクさせると、無機質にキーを打った。電磁波を発する画面が次々に変わる。カチ、カチ、カチ!目的の画面に到達すると、無性に顔がむず痒くなった。そこで数字の羅列を発見、手を伸ばして傍の電話を奪取、そして手早くコール。ガキの頃から聞きなれた言語で会話した後、不条理の最終段階へと突入した。
男の真面目な声に、思いっきり笑い出したくなった。そいつに事情をキッカリバッチリ説明し、ガキに受話器を手渡す。
「おい、ガキ。お前の望みを、この受話器に向かって好きなだけ叫べ!」
「何でだよ!?お前の言う事なんて聞くもんか!」
ガキもミスフォーチュンテラーも、研究室にいる奴らも、素っ頓狂な顔で俺を見ていた。この世は全てトリヴィアルだ!笑いたきゃ、笑っておけ!生きているうちにな!
俺はガキの胸ぐらを掴んで締め上げた。ちっぽけな体が溺れた豚のようにもがきまくる。
「いいか?世界はお前よりも、真剣にサンタクロースの事を考えている。空中監視のプロ、北米航空宇宙防衛司令部『NORAD』というアメリカ軍組織が、奴を追跡している。広範囲のレーダーとジェット機ニ機を使い、五十年以上もクリスマスの夜空を監視し続けている。軍隊だぞ?サンタクロースなんざ、超高速で捕まるぜ!」
ガキは面食らっていたが、すぐに俺から受話器を簒奪し、大きく息を吸って叫んだ。
「サンタ様!―――パパとママに会わせて!オモチャなんていらないから、パパとママをちょうだい!お願いします!ずっと『良い子』でいるから、お願い!」
ヘイ、こいつはシリアスイディオットだ!パパやママは『物』じゃないぜ?薄汚れた、救いようのない『人間』だ。そうそう容易く用意できるもんじゃない。
俺が心底で嘲笑していると、受話器から男の声が低く鳴いた。
「オッケー。ゴッド ブレス ユー!」
ヘイ、そこに科学はあるのか?適当に返事をするな!
ガキはその場でまた泣いた。ソニックブームが発生する前に受話器を取り返し、一応礼を言うと、最悪にもその男は俺にまで祝福の言葉をくれやがった。すぐさま電話を切る。
深く深く息を吐いて、その言葉を完全に駆逐する。
一部始終を目撃していたサイエンティックエンジェル達は、狡猾にも事情を邪推し、俺とガキを指差し笑い始めやがった。
ミスフォーチュンテラーだけが、真冬の太陽のように微笑んでいた。
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