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母の葬式から2週間が過ぎると涙も枯れ、高校に行くことや家事をこなすことが苦痛ではなくなってきた。母がいない寂しさは慣れないが、時が少しずつ癒してくれてると思った。
週末、父と分担した家事が一段落したあと、私は賢ちゃんを訪ねようと思った。髪を束ねてカジュアルな普段着を選ぶ。自転車で少し離れたマンションに行き、『高田』と書かれた表札を確認し呼び鈴を押すと「はい」とおばさんの声がした。
「椎名春実です」
「あぁ、少し待ってね」
しばらくしてスエットを着た賢ちゃんが顔を出す。
「夏樹のことだよね」
私がうなずくと、賢ちゃんの癖なのだろうか、髪を触った。
「本当は口止めされてるのだけど」
「誰に?」
「春実ちゃんのお母さんと夏樹」
私は動揺が隠せず、目をパチクリとさせる。
「お見舞いのときにお願いをされたんだ。もう一度、会わせてあげてって」
「……今さら?」
「春実ちゃん、会いたいでしょ?」
私に音沙汰もなく過ごしてる夏樹に無性に腹が立ち、黙っていると賢ちゃんが話をつづけた。
「夏樹は小心者だからね。姿を見せるのを躊躇ってるだけ」
封筒を渡してくれる。
「連絡先だよ」
賢ちゃんは髪を触りながら呟いた。
「夏樹も会いたがってると思うよ」
家に帰って封筒を開けると、賢ちゃんの筆跡だろうか、県を二つほどまたいだ住所と電話番号が書かれた紙が入っていた。
どうしよう……。
電話をかけるのが一番早いが、年月というわだかまりが邪魔をして、なにをどう話せばいいのかわからない。父に夏樹の話題は禁句だから、相談もできない。
しばらく考えて発想を変え、ひらめいた。
そうだ、相手の都合を考えるから面倒になるのだ。待ち合わせの時間を決め、二人に伝えてしまえばいい。父は誘って行けばいいし、嫌がったら私だけで行こう。夏樹に会うことも黙っておこう。
そうとなると、一方的に伝える方法として手紙がいいと思った。居間から切手とシンプルな便箋を探して見つけると、二階の自室の机で筆をとった。
夏樹へ
先日、お母さんが息を引き取りました。詳しいことは会って話します
10月3日、XXX堰もみじ公園の、あの場所に17時に来てください
わからなければ、家の固定電話にでも連絡をください
最初の一枚はつらつらと感情の赴くまま書きづづったが、読み返すと恥ずかしくなってしまい、書き直すことを繰り返していると文章がこれだけになってしまった。
まぁ、いいか。
私は決心が鈍らないうちに、ポストに投函した。
「10月3日の日曜日は空いてる?」
向かいの椅子で、しょうが焼きを食べている父が箸を止めた。
50を過ぎた父は背も高く、母曰くハンサムな面影を残している。スーツを着ていると確かに格好いいと思うが、今はパジャマ姿だ。
「空いてるよ」
「17時にXXX堰もみじ公園に行きたいのだけど……」
父が顔をしかめた。
「一緒に行きたいな」
「……わかった。どういう用事だ?」
「前々からお母さんから聞いてて、興味があったんだ」
父は口を閉ざして思慮にふけり、それきりこの話題には触れなかった。
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