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「おはよう、桃花ちゃん」
朝の光がさらさらと射し込む廊下で、個室の扉をノックする。何度か呼び掛けを繰り返したけれど、返答が返ってくる様子はない。
私は「またか」と思いながら、鍵のかかっていないドアノブをひねり、部屋の中を覗いた。
案の定、ぬいぐるみやドールハウスや、ハートの散った小物が置かれている女の子らしい室内は、もぬけの殻だった。べろんと捲られたベッドの掛け布団だけが、この部屋を抜け出していったのだろう主の存在を主張している。
私は共同スペースのある一階に下り、談話室というプレートが掛かったロビーへ入った。
「あ、加藤さん」
ロビーの隅にいた初老の女性職員が私を見て声を上げる。その傍らには、床にぺたんと座り込んでしくしく泣いている桃花の姿があった。
どうやらこっそり外へ出ようとしたところを、毎度のように職員に見つかって確保されたらしい。
「桃花ちゃん」
私が傍に膝をついて囁きかけると、桃花は涙に濡れた瞳をこちらに向けた。
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