第4話

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第4話

 あの日の出来事は一体何だったのだろう?  怜音は考えることをやめた。いや、正確にはしばらく考えすぎて、もう何もなかったことにしようと考えを放棄せざるを得なかった。  しばらくは新しいゲームタイトルやオンラインゲームの新ステージについての記事をまとめるのに忙しく、プライベートなチームには上がることも少なかった。そうして一週間ほど経ったある日、ようやく、サクラ、先日のオフ会の幹事である桜庭と個人通話をすることになった。  桜庭は怜音の幼馴染である。そして、ゲーム仲間。  長い付き合いで付かず離れずといった良い距離感を保てている友人だ。桜庭自身もゲーマーではあるが、コンシューマーゲーム老舗の会社にて広報もしており、その日は、その会社の新作について、「仕事」の話をしていた。とはいえ、桜庭も怜音もこの手の仕事は長いので、打ち合わせはさっさと終わり、そのあと、先日のオフ会の話になった。  そこで、怜音は恐る恐る自分の状態を聞いたのだった。とはいえ、桜庭たちとはすぐに別れてサシ飲みをしていたはずなので、彼が知る由も無いとは思ったのだが……念の為、だ。しかし、返ってきた答えは想定以上のものだった。 『え?お前たち、普通に抜けてったから、楽しんでんのかと。雅久くんから電話かかってきたし。あー、いい感じに盛り上がってんだなって』 「な、何時頃?」 『あー、着信いつだったかな……いや、雅久くんからの着信ってびっくりしてさ。そもそも連絡先交換していいんだーみたいな』  桜庭の反応に、ん?と思った怜音は、待て、と思わず会話を止める。 「……お前、もしかして……が、雅久くん、が、アイドルだって知ってる?」 『?うん。恩田雅久だろ。会社の後輩がすげー好きだもん。まあ、流石に私服で最初は分かんなかったっけど、声めちゃくちゃいいもんなー。お前と舞台見にいったことあんじゃん?』 「!?は!?あんな普通な感じで会話してたのに!?知ってたの!?」 『だって、オフ会メンツだから平等じゃん。向こうだって隠してきてんだからそんなので気をのヤだろうし。気づいたけど、そりゃ知らないフリするのが大人っしょ。まあ、俺以外のメンツは気づいてなかったかな?興味なさそうだし。イケメンだなとは言ってたけど』 「そ、そんな取り繕えんの!?簡単に?」 『いや、お前だって知らないふりしてたんじゃ無いの?それとも最初から気づかなかったか』 「う……い、いや……その……それは……」 『どっちだよ』  ったくーという桜庭は……怜音とは違い、うまく自分を世間に馴染ませられている、いわゆるコミュ力高めの隠れオタクなのである。仕事と趣味が一部一致しているので、隠れていないのかもしれないが、社会人としてもかなり優秀であった。  また、さっきのゲーム関連の広報業務に加え、自社と競合しないカテゴリのものだけ覆面実況主をしたり、怜音の実況動画の編集を手伝ったりしている。桜庭のコミュ力に閉口しつつ、というか、連絡とったんだ、ということにも驚く。まさか、「オフパコってしまったかもしれない……」などとは冗談でも言えず、怜音はぐぐっと黙ってしまう。 (いや、絶対にやってないし!からかわれただけだ。だ、だって、尻とか平気だったしっ!男同士って痛いって聞くから……)  怜音自体はゲイではない。いや、そもそも恋愛なんてものをしたことがないので、よくわからないのだ。二次元にもそういう欲は薄くて、嗜み程度にエロ同人誌を読んだことがあるものの、あんまり興味がわかない。そういう意味でとてつもなく性欲が薄いのだろうなあ、とは思う。  今まではたまに健康上の理由で抜くかなぐらい、だった。桜庭にどう相談したものかと悩んでいると、あ、そうだ、と向こうから話題が振られた。 『そう言えば、あの翌日に雅久くんから俺宛の連絡あったわ。お前の二日酔いがひどそうだったから心配してますって。俺も結局オールだったから全然気にしてなかったけど。朝まで一緒にいたん?』 「!?」 『お前、幾つ年下だと思ってんのー?迷惑かけんなよ、マジで』 「……うるさい」 『うるさいってお前……おい!?』  そこで一度、怜音は桜庭との通話を切ってしまった。
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