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「あ……俺だ。マネージャーかな」
「っ……」
雅久が、すみません、と断ってその通話に出るのに、怜音は心底ホッとした。震える足元を必死で抑え、慌ててバスルームに駆け込む。やばい、見られた、最悪、俺も最悪、ダサい、迷惑かけた、どうしよう、ってか……
(また会うとか、絶対無理!心臓もたねーーー!オタク殺す気か!?)
最悪最悪、怖い怖い、リア充パリピの距離梨やべえ、と思いながら、バスルームに干してある自分の服と下着をとる。おそらくコインランドリーで乾燥までかけてくれていたのだろう。少しだけシワになっていたが、ほぼ問題ないそれを身につけ始めた。
(うう、何が悲しくて、推しにチン毛薄いこと知られなきゃいけないんだよっ!)
陰毛だけではなく体毛全体が薄いことが密かにコンプレックスだったのに。最悪最悪、と思いつつも、バスルームからそっと出ると、まだ雅久は電話をしていた。仕事の話をしているので、どうやらマネージャーかららしい。
「だから……ホテルに泊まってるって!そのまま現場いくから。湾岸スタジオに三時でしょ?午前中に先生のとこに行ってボイトレ終わらせてからそのまま行きます。はい、はい……だから!ゲームのオフ会!男しかいないってば!は?オフパコ?するわけないでしょ!?井筒さん、俺のことなんだと思ってんの!?はー……はい。はい。阿南みたいなのと一緒にしないでよ……、はーい。じゃあまた後で現場で……あー、もう、わかってます!はい、先生のとこについたら、また連絡入れますから!」
切るよ!と言った雅久はスマホを置いて、はーと大きなため息をついた。そして、いつの間にかバスルームから出てきていた怜音に気づき、すみません、と謝った。
「レオさん、俺、その……すみません。さっきのは、その……」
「あ……い、いいです。別に……その、迷惑かけたのは、俺だし。飲み代もホテル代も俺が払うから」
「いや!俺が無理やり連れ回したんで!俺がレオさん潰しちゃったんだと思うし……本当に昨日は、その……楽しくて」
ハメ外し過ぎちゃいました、と照れたように赤くなり、そして、またしゅんとしたような目で怜音を見つめてくる雅久。その表情に、う、と思わず胸を鷲掴みされたような気になり、怜音は俯いた。
「レオさん……まだ怒ってますか?俺のこと、見てくれない……」
「え?お、怒ってない……です。別に……さっきのも、恥ずかしかっただけだから、気にしないで。わ、忘れてくれると、嬉しいけど……です」
「変な敬語使わないでくださいよ。昨日、めちゃくちゃくだけた感じになったのに!」
「っ、そ、そんなのっ、覚えてないから……む、無理です」
「えー……」
「が、雅久くん、こそ……仕事、あるんじゃないんです、か?さっきの、お仕事の……」
「あ。……ああ」
聞こえてたんですね、と雅久は頭をかくと、自分も着替えをとり、それを身につけながら、恥ずかしいんですけど、と話し出した。
「俺、その……一応、芸能人でして」
「……」
いや、知ってますけど、とは言えず、そうなんだ、と気づかないふりをして答える。雅久は「男のアイドルなんて興味ないですよねー」と笑った。
「ありがたいんですけど、ずっとオフがなくて、昨日がひっさびさのオフだったんです。絶対にレオさんとお近づきになるんだーって、もう意味わかんないテンションになっちゃって。あんなにお話できて、まじで嬉しかったです!」
「あ……そ、そう、ですか……」
話した内容の一割も覚えていない気がするが、推しが満足してくれたのなら本望なり、と怜音は少し嬉しくなって顔を赤らめた。自分でも人を楽しませることができるんだなと思うと嬉しい。それが好きな相手なら尚更である。ゲーム好きでよかった、と思っていると、雅久が、だから、と続ける。
「俺、約束は忘れませんから」
「えっ!?」
「ぜっっっっったいに一緒にゲームしますから!ね!?」
「いやいやいやいや!しないし!無理だから、無理無理無理無理無理!」
「じゃあ、昨日の迷惑のお詫びにってことで、ね?」
へへーと笑った雅久はバスルームで、ショリショリとヒゲを剃ると、歯磨きをしながら部屋に戻ってきた。唖然としている怜音は、???の飛びまくる頭の周りを手ではらい、いやいやいやいや、とまた頭を振って反論する。その間にも雅久は荷物をまとめ、歯磨きまで終わらせている。
「っ!め、迷惑かけてないって言ったじゃん!か、かけたかもしんないけどっ!」
「そりゃ、俺が好きでお世話したんですけどー。でも、レオさんとゲームしたいんだもん」
「っ、だもんじゃない!」
「えー、だめ?」
「……っ!」
推しの顔面での小首傾げは本当にずるい。これで昨日も押し切られたんだったとは思うが、その一瞬の隙を雅久は見逃さなかった。怜音をジリジリと追い詰めていく。うわ、と思わずベッドに腰掛けてしまった怜音の前にしゃがみこみ、レオさん、と雅久はその膝を撫でた。
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