第4話

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 雅久からのLINEは溜まっていた。全てしばらくしてから既読をつけてスルーしていたのだけれど。当日に心配してきたメッセージには一応返した。  そのあと、【一応、こういうアイドルやってます】と、オフィシャルサイトのURLが送られてきて唖然とした。 (いや、知ってますし!)  とはいえず、それも既読スルーしたまま数日が経ち、そして、最新のメッセージは以下のものだ。 【このあたりの日程って空いてませんか?コンサートがあって。関係者席余るんで、動員で来てもらえたら嬉しいです】  雅久はもう少ししたらグループのツアーにはいる。それは怜音も知っていた。一度見てみたいなとは思ったものの、男一人で行くのは憚られるし、かといって、誘って連れ添えそうな友人もいない。なので、秒で諦めたのだ。FC枠でも激戦のチケット、まあ手に入るはずもないだろうとは思っていたが、申し込みもしなかった。  なのに、そこに関係者で入ってくれなんていう意味のわからないメッセージだ。信じられないし、やっぱりこのメッセージ込みでまだまだ自分は夢の中……いや、もしかしたら、ひどい事故にあって、未だ幽体離脱中なのかもしれない……と気が遠くなった。 (即完売のコンサートなのに!?何言ってんだろ……)  もし間違って何かあったとしても、自分に好かれる要素なんてない。そう思った瞬間、あの夜の雅久の言葉を思い出していた。 『昨日もめちゃくちゃ可愛かった』  可愛いなんて、もう十数年単位で言われたことがないように思う。引きこもりになる前、小学生ぐらいの時は、日本人離れした顔だった自覚はあったのだけれど……それでも自分の外見にはコンプレックスしかなかった。少し色素の薄い目元。それを覗かれるのが怖くて前髪を伸ばした。はっきりとした目元が好きだという友人はいたけれど、自分の何がいいのかわからなくて、そこを隠すようになった。 (なんか、変質者とかにも狙われたしな……そういうの怖い)  恋愛に不得手なのはそのせいもある。なよっとしてて女性っぽいのかなとも思うし、自分が幼い頃に変質者にいたずらされかけたこともあり、女性の立場になると、そういうのが怖いよなとも思ってしまうのだ。  まあ、そもそもコミュ障なので、女性とそうなることもないのだけれど、世の中に溢れているエロスにあまり興味が示せないのは、そういう……関係の歪さや性的な対象というのを自分が受け入れられないからかもしれない。きっと愛に溢れた行為だってあるのだろうけれど、自分が向けられた視線が「気持ち悪かったな」という幼い記憶の方が勝ってしまうのだ。  とにかく、怜音は雅久からのLINEへ、返信をしないままでいた。  それは、コミュ障だから、それに返すうまい術がわからない……というだけではなく、少しの罪悪感が拭えないから、というのもある。  というのも…… 「……は……っ……」  桜庭との通話を切ったあと、うだうだしながらも眠りにつこうとした怜音だったが、その体は熱を持て余していた。  なんだか雅久とのことを考えると、もやもやとしたような、悶々としたような……なんとも表現しがたい感情が腹に湧き上がってくる。そして、その感情と熱情がふつふつと自分の中で溜まっていくのだ。そうすると……怜音の下腹部は熱をもち、そして、刺激を求めてくるのだった。  先に述べたとおり、怜音は今までそういう、性的なことに対して淡白であった。何を対象にして抜いているかと言われても、特に二次元の嫁でもなかったし、そういうシチュエーションもあまり想像したことがない。そんなまま年齢だけ重ねていってしまっていたのだ。  なので、朝に勃起しているものを手で刺激して抜くというような、事務的なことしかしていなかったのに。今は違う。 (キス、気持ちよかった……っ)  あんなわずかな時間のふれあい、それだけでいろんなことを妄想してしまう。  きっと、自分とは何もなかった。何もなかったはずだ。だって自分の体が平気だったから。  けれど、自分の体に残っていた鬱血痕。あれはもしかしたらキスマークというやつなのかもしれない。とすると、自分の記憶にないだけで、雅久が自分の肌に触れて、吸い付いたのかもしれない……そう妄想すると、あの形の良い唇が自分の肌に触れたという妄想をしてしまうのだ。  今までそんなことはなかった。二次元でも三次元でも、なんとなく「かわいいな」などと思ったことはあっても、それはこうのっぺりとした対象なだけで、行為の妄想を伴う感情ではなかったのだ。  怜音は自分のあまり触れたこともない性器を握り込む。雅久と出会ってから、なぜかこんなことを妄想してしまう。舞台で見て、円盤で見ていた時は、そんなことを妄想もしなかったのに。 「は……っんっ、あ……ぅ……」  声を抑えて自分のペニスの先を握った。先端部分を指先で刺激すると、クチュクチュといやらしい音が部屋の中に響く。濡れた音を自分の部屋で聞くのにも罪悪感があって、ヘッドホンをつけてみるけれど、それで余計に濡れた音が耳奥に響いた。 「ぁ……あ……っ」  いきそう、と思うのだけれど、自分の声がいやらしくて聞いていられない。ふ、と漏れそうな声を止めるのに片手を口に突っ込む。その指先が舌をなぞるのに、こんな風に激しいキスもするのかな、なんて考える自分がひどくいやらしく思えた。きっと世間一般から見たら遅れているに決まっているのに。 「怜音さん……」  妄想の中の雅久が自分の名前を甘く呼ぶ。自分が好きないい声で、少し低めのトーン。はあ、と甘い吐息とともに、吐き出すように自分の名前を切なく呼ぶのだ。  その妄想とともに、どくんと自分の精を吐き出した怜音は………途轍もない自己嫌悪に襲われた。 (さ、最低……俺……っ)  ハアハアと息を整えて、賢者タイムをやり過ごす前から自己嫌悪だ。慌てて汚れた手をティッシュでぬぐい、ヘッドホンを外す。いつにないオナニーの徒労感に首元に汗を掻いてしまった。饐えた匂いがまた罪悪感を鼻奥から増幅させてきた。ああ、もう……とその感情に押しつぶされそうになる。
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