第1話

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第1話

(おいおいおいおい、嘘だろ!?)  秋葉原、某カラオケ店個室で柴咲怜音は壁に張り付くような形になっていた。脇汗が止まらないとはこのこと。外出するからと久しぶりに着たシャツにぺったりと汗をかき、いや、やばいやばいと視界が霞む。  今日はオンラインゲームのオフ会だ。  怜音は普段は在宅でゲームライターをしている。それと実況動画の配信。一応社会人ではあるが、引きこもりオタクを極めていて、基本的には置きゲーかソシャゲしかやらない、完全引きこもりゲーマーだったのだが、数年前からオンラインゲームにはまってしまった。  昔からのゲーム仲間とチームを組んでいたこともあって、そのチームを中心に界隈とのオフ会が久しぶりに催されたのだ。  引きこもりを極めている怜音にとって、外出はなかなかにハードルが高い。しかし、オンラインゲームの新ステージが解放されるとの噂もあり、久しぶりに仲間たちとオンライン以外でワイワイ話し合うのもいいかなと思って参加した。ほとんどのメンバーがオンラインでもよく会う連中なので、そういう意味では慣れ親しんでいる。その分、他に誘われるオフ会などよりはハードルが低かった。  最近はすっかり通販生活だったから、久しぶりに出てきた秋葉原で、想像通りに迷子になり、少し遅れての参加となったのだが……ちょうど自分の少し前に到着したメンバーがいたらしく、その彼と仲間たちが自己紹介をしあっているところ、「ふーん」と思いつつ、部屋に入っていったのだ。 (お、恩田雅久っ……!)  しかし、自分の目の前でオフ会仲間と笑い合っているのは、あろうことか、今をときめくアイドルグループNAVIOのボーカル、恩田雅久に違いなかった。  身長185、大きな垂れ目、短めだけれどふんわりとしたアッシュ色の髪型。……どう考えてもこのオンラインゲームオフ会にふさわしくない。というか、残りの数名+自分含めて、完全に向こうの方が、この秋葉原ではアウェイな外見だ。にも関わらず、他の奴らはというと、気にせずプレイヤー名紹介などをしている。 (て、テレビ見ないからかーーー!?気づいてないってのか!?この!?恩田雅久のオーラに!?)  しかし、そういう意味では同じくヒキオタの怜音がなぜ彼を知っているかというと……実はこのオンラインゲーム以外にはまっているソシャゲの舞台を観に行った時に、彼が怜音の推しであるキャラの役をしていたからだ。  舞台化ねえ、なんてうがった気持ちでいたものの、ソシャゲもしている昔の仲間に誘われて観にいったのだった。まあ、競争率の高い舞台だし、限定SSRも会場でしか手に入らないし……と軽い気持ちで行ってみた。……ら、どハマりした。その場に現れた彼は、怜音が心に思い描くキャラクターそのものだったのだ。体格が良く、男気があり、そして、何より仲間思いで強い。そんな夢の世界のキャラクターを恩田雅久は見事に演じきっていた。  なので、それ以来、恩田雅久のことは調べたし、オタク気質なので過去の作品も見たりした。そして、彼がいわゆる地下アイドルから叩き上げの歌手なのだとも知った。道理で劇中での歌も上手すぎたわけだ。結局、彼の所属しているアイドルグループNAVIOのシングルも積んでいる。ただ、チキンなので接触などのある握手会などには行ったことがないが……密かに金を投資し、密かに「かっこいいな」と憧れていた男が、今、なぜか……目の前にいるのだ。脇汗どころの話ではない。もはや背中までびちょびちょである。
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