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第2話
「なんでそんなに距離あるんですか?」
「……いや、ご、ご、ご迷惑を………」
「え?全然ですよっ!」
「で、でも……ずっと、俺、こ、こ、ここで気絶を……っ?」
「いや、三十分も経ってないですし。他の人ともおしゃべりしてたんで平気です!むしろレオさんを膝枕できて嬉しいです」
「??は、はあ……」
怜音が目覚めたとき、その目の前には「あ、起きた」と覗き込んでくる雅久の顔があった。画面越しや舞台上でよくみていた顔面に「これは夢か?」と虚無顔で思ったものだが、幹事の「レオ、大丈夫ー?」という声で現実だと知り飛び起きる。
そう、怜音は推しの膝枕で寝ていたのである。
思わず後ずさって、カラオケルームの端で震えることになった。しかし、そんな怜音には構わず、雅久はにこやかに会話を続けてくる。
「救急車呼ばなきゃと思ったんですけど、サクラさんが「レオ、昨日徹夜でフィールドまわってたから」って言ってて。寝息も聞こえたし、寝かせることにしたんですよー。気持ち悪くないですか?あ、これ、お水です!」
「う、うん……平気、です。ありがとう、ござい、マス……」
気絶してそのまま寝落ちというなんともやばい醜態を晒してしまったらしい。「サクラ」というのはこのオフ会の幹事で怜音の昔からのゲーム仲間でもある桜庭のことだ。昔からの付き合いなので扱いが雑なのはわかっているが、流石に……流石にアイドル(しかも推し)に膝枕三十分とは。ご褒美も行きすぎて、むしろ拷問である。気が付いた時のオタクの気持ちも考えてほしい。
(いや、桜庭は俺が恩田雅久のガチオタだとは知らないし……いや、舞台には一緒に行ったけど、多分、あのキャラが恩田雅久だなんて覚えてないよな……キャラメイク濃い上にウィッグの色もすごかったから……)
大丈夫ですか?とみてくる雅久はナチュラルな装いだ。彼のSNSで普段の姿をチェックしている怜音にはわかるのだが、一般の……しかも男性アイドルなどには興味ゼロのゲーオタ男たちにわかるはずがない。「うわ、すげーイケメンきたな」ぐらいのもんだろう。総勢10名ほどのオフ会は、怜音たち抜きでも随分と盛り上がっていた。完全に出遅れたが、まあ、元々の知り合いが多いのでどうでもいいか、と怜音はため息をつき、そして渡された水を少しだけ口に含んだ。
「あ、レオさん、飲み物のオーダーは何にしますか?俺、頼みますよ!」
「い、いい!いいです!自分で選ぶから……それとってくださいっ」
「?はい。あ。俺のコーラも追加で入れてもらっていいですか?」
「……」
目の前のタブレットを無言でスワイプする。そして、雅久のコーラを追加し、自分用にも烏龍茶を頼んだ。カラオケルームではあるが、もちろん誰も歌などを入れてはおらず、ゲーム画面をスクリーンに写してフィールドの隠しコマンドや隠しルートについて語りあっているのが見えた。怜音は「あ、ここにこれあったんだ」と思いつつ、それをボーっと見つめる。
コンコンとルームの扉が叩かれた瞬間、雅久が慌てたようにメガネをかけて顔をそらす。店員に「あ、そこ置いといてください」と怜音がいうと、女性店員は特に気づかずにドリンクを置いて出て行った。隣でホッとしたのがわかり、それなりに生きづらいんだろうな、とも思ったりする。
「……はい、これ」
「すみません!ドリンクとってもらっちゃって……」
「いや、こっちこそ、ずっとみてもらってて、本当にすみません」
やっとまともに会話できた、と思った瞬間にホッとする。いくら自分が長年引きこもりのオタクとはいえ、向こうの方がかなり年下なのだ。やべーやつだったとは思われたくない。盛り上がってるゲーム画面を二人で少し離れたところから見つつ、あのルートやりました?と話しかけてみる。
「最近、全然触れてなくて……。やっとこの前サクラさんに共闘連れて行ってもらって、基本ルートの上級称号ゲットできたところです。なかなかレベル上がらなくていつも助けてもらってばっかですみません……」
「大剣持ちでのオートパーティーだけじゃ、あの称号クエストはきついですもんね」
「なかなかパーティー組むお願いできる時間もなくて。あ、この前の限定クエストでは支援ありがとうございましたっ!」
「いや、そんなに支援もできなかったんですけど……」
「あのタイミングで回復させてもらえてなかったら、結構なつみ方で……あ、すご!今のスキルどうやって発動させたんだろ」
雅久がスクリーンで行われているバトルのことにも話題を振るので、怜音はそれを解説してやることにした。ゲームのことだと比較的スラスラと会話ができる。まだ緊張はするが、得意分野に持ち込めばこっちのものだ。
「あー、あれはあの組み方でコマンドのタイミング合わせないと出ないやつ。ミヤビさんのキャラだと組めないから、見たことないかも?」
「えー、すごいーかっこいいっすねー!最近自分のクリアするのに精一杯で、こういう楽しみ方全然できてないんすよ!あ、だからレオさんの実況動画で見るのすげー好きです!」
「そ、そうですか……」
こうやって会話すると、本当にふらっとオフ会にきて話しているだけのような気もするのだが、横を見ればとんでもないイケメンがいて、それが自分の大好きなキャラクターに見えてきてしまう。いや、キャラメイクもウィッグもしていないので同一視はよくない!と思いつつ、ミヤビさんはーと続けようとすると、あの、と雅久が恥ずかしそうな視線を覗かせてきた。
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