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「レオさんも、俺のこと女の子だと思ってました?」
「え?あ……うん。そう思ってました」
正直に答えると、マジかぁーと雅久は表情を曇らせた。
雅久は「ミヤビ」という名前でゲームをしている。怜音はあまり画面の向こうの人格に興味がない方だったが、チームの中では今回のオフ会にミヤビも参加するということで女子を期待していたメンツもいたはずだ。
「えー……名前ですか?俺、声がちょっと特徴あるからボイチェン使ってたのがまずかったかなあ……あ、でも、「俺」って普通に話してましたよね?」
「いや、俺女なのかと……」
「オレオンナ?」
「……なんでもないです」
そう、雅久とは普通に会話しながらのゲームもしたことがあるのだが、変なボイスチェンジャーを使っていたのだ。だが、反応の仕方がゲーム初心者の不器用な女の子のそれだったし、使っているキャラもあまり男性が好まない女性キャラの大剣使いだったので、チームの中では保護枠だった。
「あー……じゃあ、マジでこんな大男が来るなんてって感じっすよね。空気読めなくてすみません」
うわあ、と口元を隠して恥ずかしそうにしている雅久。「なにそれかわいい」とオタク的ツボを突かれまくっているのだが、そんなことは本人に言えるはずもない。
「まあ、勝手に勘違いしてたのは俺たちだし、ミヤビさんが気にすることでも……」
「雅久です」
「え?」
「俺の名前、本当は雅久って言います!雅に久しいって書くんです。ミヤビでもいいんですけど、雅久くんって呼ばれるのが慣れてるんで。なんかゲームの名前で呼ばれるの慣れてなくて恥ずかしくって」
いや、知ってますけどぉ!?……とは言えず、「ガクくん」と声に出してみる。はい!とにこやかに笑う推しの顔面に、また意識が遠のきかけた。
(いや、わかってるよ!俺はいつもなぜかフルネームの恩田雅久って呼んでたけど!やべーな、ガクくんって普通に女ファンが呼ぶ感じじゃん!?え、大丈夫?俺みたいなガチなゲーオタ男がガクくんとか口に出して大丈夫!?刺されない!?罰金とられない?やばくない?いや、きもすぎるだろ!)
怜音の中ではそのぐらいの嵐と脳内会議が巻き起こっているのだが、きっと目の前の雅久はそんなこと想像もしていないだろう。へへーと笑いかけてくる人懐っこい笑顔にキュンとしつつ視線をそらすと、あの、あの、と雅久がまた話を続けてきた。
「レオさんの本名はなんなんですか?あ、こういうのって聞いちゃダメなんですかね……俺、オフ会とか参加するの初めてで……」
いや、そりゃそうだろうよ!アイドルがそう何度もオフ会に参加しててたまるか!?というツッコミを自分の頭の中でくりひろげつつ、いや、大丈夫です、と答える。
「俺も本名が近くて……怜音って言います」
「レオン。うわ、かっこいいー!すごい、素敵な名前っすね!漢字はどう書くんですか?」
「あー……えっと、こう……」
言葉で説明するのが難しく、その辺の紙ナプキンに名前を書くと、雅久はニコニコとそれを見守っていた。そして、怜音の長い前髪をそっとわけあげるようにすると、あれ、とその顔を覗き込んでくる。
「っ……!?な、なに!?」
「怜音さんって、目の色素薄いんですね。カラコンかと思いました。すげー綺麗……」
「!?エッ!?」
そもそも人前で前髪をあげたことなどほぼなく、久しぶりにクリアになった視界に驚く。その間に雅久は、うわ、肌も色白っ!と怜音の顔をまじまじと見つめた。
「いーなー、お肌すごく綺麗ですね。俺、すぐ荒れちゃって怒られるし、焼けるとすぐに色変わっちゃうからよく怒られて……」
「!?え、いや、俺、引きこもりだから!?」
「そうなんですか?えーすごいな、めちゃくちゃ綺麗な肌ー……すげえ」
「!?!?」
あまりの近さに驚いて、思わず手を振り払うと、ハッとした雅久がすみません!と謝った。
「ご、ごめんなさい……俺、ちょっと……仕事上、肌とか髪とか気にしちゃうんで……あ、変な意味じゃないっすよ!ただただ羨ましいなって思って見ちゃって……怜音さんって名前からも日本人ぽくないな、とか、でも、黒髪綺麗だなっとか!」
気に障ったらごめんなさい、と慌てている雅久にも驚くが、いや、えっと、と怜音も恐縮してしまった。
「別に、き、気にしてないよ……びっくりしただけ。俺、本当に普段はあんまり人と話さないから……驚いただけ、です」
「すみません、俺も……馴れ馴れしいっすよね。いや、俺、本当にレオさん好きで、めちゃくちゃ嬉しくてーぶっちゃけレオさんにあいたかったから、今日のオフ会も絶対参加しようって思って来てるんで」
「……はあ」
「あー、もしかして、この俺の勢いに引いてます?すみません、俺、ちょっとテンション上がるとものすごく勢いついちゃう方で」
「いや、ひいては、ないです、けど……」
「あ。そうだ!俺の方が全然年下ですよね、さっきサクラさんに聞きました!もっとこう……くだけた感じだと俺の方も嬉しいっす!」
「いや、初対面だし……そんな……」
「うー……距離あるー……っ!」
怜音のしどろもどろな返答に焦れた雅久が、やっぱり俺が女の子じゃないからだーと嘆いた。
「いや、違うから……俺が人付き合い苦手なだけで……その、が、が、雅久くんが苦手なわけじゃないから、大丈夫……です、よ?」
「ほんとっすか?」
「……うん」
ほんとに?ほんとに?と覗き込んでくる推しの目があまりに綺麗で気圧される。自分の目の色や肌のことなど気にしたことがなかった。雅久がそういうことに気遣うのは職業柄だろうし、まあ、正直それよりも「雅久くん」という言葉の響きのやばさに自分でダメージを負っていて、それどころではない。
そんな怜音の緊張には微塵も気づかず、雅久はへへーと笑い出す。
「俺、仕事きっかけでゲーム実況にハマっちゃって。そこからオンラインでこういうの始めたから、マジで初心者からなかなか上手くなれなくて。でも怜音さんの、あ、レオさんの方がいいっすか?」
「あ、どっちでも……」
「じゃあじゃあ、ずっとレオさんって呼んでたからそっちにしよ!レオさんの実況とか解説めっちゃわかりやすいし、ゲームレビューもすごく好きで、それきっかけなんですよ、ハマったの!だから、めちゃくちゃテンション上がっちゃって、今日も仕事絶対入れないでって頑張ってきたから、来れてお話もできて、めちゃくちゃ嬉しいー!」
「……そ、そうなんだ……それは、どうも……」
すごい勢いでまくし立ててくる雅久に戸惑いながら、怜音は手元にある烏龍茶をすする。ようやく落ち着いてきたが、これは本当に現実なのだろうか。たちの悪い夢か何かなのでは?とも思うが、それにしてはリアルである。オフ会は楽しくスクリーンを見ながら進んでいき、それの解説を雅久の隣でしながら時間を過ごしていた。他のメンツはプレイに夢中になっていて、たまに幹事の桜庭が声をかけてくれたり。あとは新ステージの噂話なんかで盛り上がったりもした。
雅久は怜音が解説している時以外は静かで、他のメンツとも適当に仲良く話しているようだった。最初は女子のオフ会参加を期待していた面々も、雅久がいることには何の違和感も覚えず、その場に馴染んでいるようだった。
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