第6話

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 その言葉にどきりとする。確かに自分は何も覚えていなくて。目が覚めるとどうしてそんなことになったのか……思い出せない。記憶にも感触にもない。だが、雅久は何かあったという。けれど、それはどうしても記憶と一致せず……怜音はその場で謝った。 「ご、ごめんなさい。俺、酔ってて、あんな酔うこと、そもそもなくて、何も……お、覚えてない、です」 「……」  表情は見えなくとも、ムッとしているのがわかる。怜音はその雰囲気により緊張感を高めた。 (もし、万が一何かあったなら、失礼極まりないし、もったいないって言うか、俺、何もしたことないのに!?)  記憶ないとか、ある!?それはそれで悲しすぎるのだ。自分は恋愛経験がない。少ないでもなく、ほぼゼロなのだ。なのに、あんな……「事後」のような写真を送られて、何かあったのかな、とも思ってしまう。けれど、記憶としても感触としてもその痕はない。首元のキスマークだけで、他には何もなかった。……はずだ。  怜音が一人でそんなことを考えていると、雅久が悲しそうに凹んだ声を出した。 「俺のこと、顔がいいって言ってくれたのに」 「え?え??」 「なんかいきなり落ちて、いきなりガバって起き上がって、ほんと顔がいー声がいーって」 「!!」  ここでまたも記憶にないことを暴露されて焦る。それは……言ってしまったかもしれない。なぜなら常日頃推しに思っていることだからだ。ゲームアカウントとは別のロム用アカウントで雅久のツイッターとインスタをフォローしているのだが、その度に心の中で叫んでいることである。とはいえ…… 「そ、それは……失礼なことを……」 「嬉しかったですよ?めちゃくちゃ褒めてくれて」  ギュッギュっと強く抱きしめて、ありがとーと言ってくれる声は優しい。けれど、この状況は心臓に悪すぎる。とりあえず、距離を……と怜音が勇気を持ってその腕に指をかけようとしたのだが、その前に雅久が話を始めた。 「あ、の……雅久くん、離して……」 「俺ね、一時期、仕事がなかったんです」 「?」 「まだ地下だった頃、舞台に出始めて、キャラ人気でファンがついたはいいけど、扱いとか距離わかんなくて色々荒れた時期があって。多忙な時から突発的にぷつっと仕事が切れた時期があって……燃え尽き症候群みたいになっちゃったんすよね」  急に始まった話に戸惑いはしたが、それを遮ることはできなかった。雅久はゆっくりとその話を進めていく。 「その頃、阿南がテレビ出始めてたし、メジャーの話も来てたから……定期公演とかもなくて、いや、俺、何したいんだろうってなったとき、最初は暇つぶしでゲーム始めたの」 「……」 「そうしたら……別世界にはまっていっちゃって。どんどんいろんなこと知りたくなって、レオさんの実況にハマったのもその頃。淡々としてるけど愛があって知識すごくて、のめり込んでいっちゃった。別名義でライターさんやってるのも見つけちゃって……そっちも読んだら、なんかゲームってすげえんだなーってその世界の大きさにびっくりしちゃった」  まさか自分がそんな風に思われていたとは想像しておらず、怜音は黙ったまま聞いていた。優しくも切実な言葉に、胸が熱くなっていく。 「それまでは正直器用さでこなしてた舞台仕事だったんだけど……ああ、作品の世界にはまっていくってこういうことなんだあって、ようやくお客さんの気持ちが理解できたんすよ。俺は仕事が無くなったら、立ち止まったら死ぬかもって当時……まだ未成年だったんだけど思ってたんだけど。その期間が自分ですごく大事で。だから……そのあと、仕事に対しての姿勢とかも変わったなーって思ってるし、そのあとのゲーム原作舞台とかも自分の中ではものすごく変われた自信が持てて」  だから、レオさんのこと、めちゃくちゃ好きなの、と。  雅久はそこまで言うと、はあっと少し息を吐いて、やっといえた、とはにかむように笑った。そして、ギュッギュ、とまた強く抱きしめてくる。 (そ、それは嬉しいんだけど……このスキンシップは感謝、ということ?)  紡がれた言葉は嬉しい。けれど、雅久の距離の近さにまだ慣れない。しかし、雅久はそんな怜音には構わず、まだ話を続けた。 「仕事の時間もうまくコントロールでき始めて……だから、新しいオンラインゲーム始めたら、レオさんと会えて……めちゃくちゃ嬉しくなっちゃって。ゲームでもめちゃくちゃ優しいし、かっこいいし、あのゲームでたまに共闘連れてってもらえるのが、俺の仕事後のオアシスだったんだけど」 (んん??うん……うん?) 「あの日、オフ会で会えるだけですごく緊張したのに、そのまま飲みにも誘えて、俺、舞い上がってたんですよね……。なのに、顔がいいとか言われちゃったら、いや、もしかして憧れの人に口説かれてるのかなあとか思っちゃって。もう……なんか、たまんなくなっちゃって」  レオさんのこと、と。  そう言いながら、雅久の唇が怜音の耳にくっつく。そのままペロリと舐められる感触に、思わずビクついて振り向いた。 「っ、ま、待って!あの日、何もなかったんだよ、ね?です、よね!?あんなの、写真だけ、冗談でとって……っ!お、俺、本当に覚えてないし!」 「……」 「っ……!」  振り向いた先、雅久の表情が曇り、それに怜音は言葉を飲み込んだ。あ、と言葉を詰まらせていると、雅久がそのままにじり寄ってくる。 「なんでそんなこと言うの?」 「ーーーー!」  寂しそうな顔で迫られて、怜音は何もいえなくなる。いや、だって、何度もいうけど覚えてない。感覚も記憶もない。だけど、この顔で言われると…… (ず、ずる……顔、顔がいい……っ!何も否定できない!)  圧に耐えられなくてにじり寄られていると、雅久がふっと顔を上げて怜音を見つめ直した。 「あの日のこと、レオさんが思い出せないなら、再現してあげよっか?」 「あ……」 「一緒にシャワー浴びて、レオさん、髪あげたら、すごく可愛い顔してて」 (待って……待って待って、情報処理追いつかない、マジで待って!)  迫り来る推しの顔面の圧に耐えきれず、呼吸もできずにいると、ばさっと視界が広くなった。前髪を上げられたのだ。 「!!」 「そう、あの日も、恥ずかしがって、前髪おろしたのを、俺があげちゃって」  額がコツンと触れる。もう見えるところ全部、恩田雅久。そして、このアップでも最高に美形。視線を外せないまま、まっすぐに見つめあってる状況に、怜音はゴクリと息を飲んだ。 「可愛いなって」 「そんなの……言われたこと……」  距離のないまま目をそらしても、雅久はふっと笑うだけだ。 「あの日もそうやって目をそらしてさ。それがまた可愛くて仕方がなかった」  ぐいっと腕を引かれたかと思うと……そのまま、唇が重なった。 「!!」  柔らかな感触に混乱したまま、ストンとベッドに押し倒される。いや、待って、という言葉は虚しく頭の中を空回り、言葉は舌に抑えられた。 「んっ……っう、ふ……ぅっ」 「ん……」  角度を変えたキスが何度も唇に迫る。逃げる余裕もなく、ただ少しだけばたついた手も押さえ込まれた。熱い舌が口の中をなぞるようにこじ開けていく。はふ、とよくわからない甘い息がもれ、歯の間を押し開けられるように舌が入ってきてびっくりする。 「あ……ぁぅ、う……ふ、ぁ……」 「ん、ぅ……」  言葉もなく、ベッドに押さえ込まれていく。シーツの音に混じって聞こえる水音が耳奥に響き、それにぞくぞくと体がビクついた。熱く濡れた感触が口の中を蹂躙し、その舌先が歯列をなぞり、上顎を這う。初めての感触に腰がビクついて、それを手で撫でられるのが恥ずかしく、目に涙が溜まっていった。  息継ぎのように甘い息が吐かれ、その下で怜音はハアハアと激しく息を荒げた。過呼吸になりそうなほど奪われた呼吸に心臓が追いつかない。言葉がなかなか出てこなくて、あ、と口元を手で押さえるのが精一杯だ。目があったその瞳は……欲情に濡れている。その瞳の中には、熱く蕩けた表情の自分が見えて、怜音は愕然とした。 「が、く……く……」 「……だって、レオさんが煽ったんだもん」  そう言って体を起こした雅久は、少し拗ねたような表情を見せたあと、部屋着にしているシャツをばさっと脱ぎ去った。 「!!え、あ、う、うあ」  急な推しの裸体に、怜音が言葉を失っていると、雅久はその腰の上にまたがり直し、そして、また怜音に迫る。 「あの日もさ、俺が今みたいにキスしたら、とろけた顔してんのに、顔隠して、顔が良すぎて無理とか言うから」 「え?は?ひ、ひぁ!?」  急に冷えた指先がTシャツの合間に潜り込んでくる。いや、待って、と何度目かわからない言葉を頭に思い描くも、そんなもの、なんの抵抗にもなりやしない。雅久はそんな怜音に構わず、視線の熱っぽさだけを増していく。 「めちゃくちゃに可愛くて……めちゃくちゃにしたくなった」 「っ!?」  くいっと顎を掴んでキスをされる。そのまままた激しいキスの再開。濡れた音に耳が支配されていく。嘘だ、と思いながらも体をねじり逃げようとするも、そんなことは許されない。気持ち良さで抵抗が緩くなっていく。甘んじてそのキスに慣れてきたころ、思考停止している怜音の下腹部に指先が降りてくる。 「あ……」 「ここも、可愛かったっすよ?」  揶揄うでもなく、ただただ熱と欲を孕んだ視線のまま、雅久は怜音の下着の中に指先をするりと入れ、その薄い下生えを撫でていった。
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