覇王の横顔

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 ソクラテスの弟子がプラトンであり、プラトンの弟子がアリストテレスである。  アリストテレスは教師として、王子アレクサンドロスら少年たちを相手に、政治や文化、哲学や倫理について教えた。医学に天文学、演劇に文学と、あらゆる学問の素養を植えつけた。  英明な王子はまたたくまに、あらゆる知識を吸収していった。とりわけ、叙事詩『イリアス』に傾倒した。ホメロスが綴った壮大な英雄譚であり、これを暗唱して口ずさむことが大のお気に入りだった。 「わたしは死なない。やっと、確信することができた」  風が死に絶えたような気だるい夏のある日、アレクサンドロスは仲間を集めて宣言した。  頬を紅潮させた王子は、あくまで真剣だった。しかし、聞いていた私たちのほうは、曖昧に首を傾げるしかなかった。 「まさか、君は不老不死を信じているんじゃないだろうな。賢者の石か、万能霊薬(エリクシール)か知らないが、まったく愚かなことだよ。我らが師匠もそう言っていただろう」 「違うさ、ヘファイスティオン。伝説の秘薬じゃない。死なないっていうのは、肉体ではなくて精神的なものだ」 「なんだい。神話のティターンか、プロメーテウスか。あんなに母上の熱狂的なディオニュソス信仰を批判していた君が、とうとうかぶれてしまったのかい」 「最後まで話を聞け。これは死の定義の問題だ。人が死ぬというのは、どういう状態を指すか。心臓が停止して体が動かなくなった時点だと、先生は言った。だが、それは肉体の話だ。その人の思想や業績が、人々の記憶に残り、語り継がれていく間は、死とは言わない。わたしはそう思う」 「やっぱり、天の神々の話じゃないか」 「そう言われてみれば、同じかもしれないな。英雄的な行為は、悠久の時を隔てた後世にも残る。大きなことをすれば、肉体が死した後も、名誉と名前が残る」 「王子。大きなことって、具体的にはなにを想定しているんですか」  マルシュアスが控えめに尋ねれば、アレクサンドロスは破顔して応じた。 「それは、まだわからないさ。我が父上は、既にいくつもの名誉を手にしておられる。わたしが活躍する場が残っていればいいのだが」  王子アレクサンドロスは、常に父王フィリッポスを意識していた。王が戦いに勝利し、街を攻め落として所領を拡張する度に、先を越されたと言っては口を尖らせていた。 「どんな時でも、僕は王子についていきます。どこへ行こうとも、地の果てまでお供いたしますとも」 「ああ。頼りにしているぞ、マルシュアス」  我々五人の間では、遠くの土地について語り合うことが常となっていた。誇大妄想じみた仮定の話は、夢見がちな年頃の青少年の胸を熱くさせた。  もっとも、夢物語に熱中するには、私は年を取りすぎていたのだが。  アレクサンドロスは非常に足が速く、馬の扱いも巧みで、その立場もさることながら、まわりの者から特に人望があった。生まれながらにして、王者の風格があったのだと思う。
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