覇王の横顔

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 (ひな)びた港街は騒然としていた。  単なる物取りが、都の貴族の息子ヘファイスティオンを人質にして立てこもっていると知って、街の住民は一様に青ざめていた。それも拐かされた少年は王子の親友だという。このままでは、街そのものにお咎めがいくのではないかと震えあがった。  王フィリッポスは果断な武人で知られている。功績をあげた者には気前よく振る舞い、裏切った者には容赦なく罰を与える。 「この街の代表者と話がしたい」  行き先がわかっていたので、数刻後、私たち三人はアレクサンドロスと合流できた。だが、街で一番大きな屋敷の前で繰り広げられているのは、にわかに信じがたい光景だった。 「なんだ。おまえのような小僧がしゃしゃり出てくる場じゃねえ」  たっぷりと日に焼けた逞しい海の男たちによって、王子は取り囲まれている。逃げ場はなく、空気も刺々しい。 「おうおう。余所者は引っこんでろや」  罵詈雑言を浴びるアレクサンドロスは表情一つ変えない。次第に、王子を取り囲む男たちのほうが動揺しはじめた。 「お、おい。あの小僧、どっかおかしいぞ」 「もう一度だけ言う。沖合に停泊中の海賊団の船に、わたしの大事な者が捕らわれている。この件について、話し合いのできる者を呼んでほしい」  よく通る声が響きわたる。堂々としたアレクサンドロスに気圧されたように、人並みが割れていく。 「わしが、ここの長老じゃ。ちぃとばかり耳が遠くなっておるで、なるべく大きな声で頼む」 「海賊団を潰したい。ここの人手を貸してくれまいか」 「ふむ。だが、どうやって切り結ぶつもりじゃ。あいつらは、海賊でメシを喰っておる輩じゃ。数を頼みに乗りこんだところで、容易にはかなうまいて」 「だいそれたことができる連中ではない。頭領は隻腕の老爺で、構成員もたったの七人。人質はいまのところ無事だ」 「ほほう。なぜ、それを知っておるのかの」 「人質をとっているという証拠に、海賊団から、サイン入りの書簡が送られてきた。字の読める奴がいるらしい。だが、わたしとヘファイスティオンは、あらかじめ符牒を取り決めていた。サインの筆跡一つで、互いの状況が伝わるように、と」 「なるほど。随分と用意のいい御仁だ。あいわかった。うちの男衆を貸そう。好きに使ってくれてかまわんよ」 「タダでものを頼むわけにはいかないが、現在のわたしは残念ながら手元が不如意だ。この借りは、いつか必ず返させていただく。フィリッポス二世の子、アレクサンドロスの名に誓って、約束しよう」 「やはり、王子であられたか。いやはや」  長老は顎髭に手を当てながら振り返ると、男たちに向かって胴間声を張りあげた。 「おまえたち、王子殿下の前で恥をかくことのないよう、しっかり働いてこい!」  老人の一喝で、周囲を取り囲む男たちは、腹の底に響くような太い声で応じた。 「事前に符牒を決めて備えていたなんて、さすがだな」  話がつくと、私たち三人はすぐにアレクサンドロスのもとへ駆けよった。リュシマコスが感心したように何度も頷く。 「決めたのはヘファイスティオンのほうだ。わたしの誘拐を心配していたからな。奴のほうが捕まるなんて、お粗末にもほどがある」  傲然とつぶやくアレクサンドロスを前にして、私は湧き上がってくる怒りを押さえられなかった。我々は王子の盾として集められた。身命を賭して王子を守ると誓った者が、王子を危険にさらすなど言語道断だ。  ヘファイスティオンの軽挙妄動で、王子が傷つくことでもあれば、私が彼を許さない。
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