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覇王の横顔
彼はとても美しい人だった。
手足が長く、指の形が彫刻のように整っている。天に向かって逆立つほど豊かな黄金の髪に、白く透き通るような頬。
なにより印象的なのは、独特の双眸である。右目は濃い褐色で、左目は青みがかった灰色をしている。上質な硝子玉のように、キラキラと光り輝いている。
この目に射抜かれた者は誰であれ、彼の虜になるだろう。すべてを投げだし、地にひれ伏して、彼への奉仕と忠誠を誓うに違いない。
最も有名な英雄と、偉大な神の血を引く、マケドニア王フィリッポスの息子。
名前を、アレクサンドロスという。
私が初めて出会ったのは、まだ彼がほんの幼い頃だった。
八つも年下の王子は、快活で物怖じすることなく、その聡明さで知られていた。目にするものすべての名前を尋ねては、まわりの者たちに次々と疑問を投げかける。
なぜ、太陽も月も、東から昇って西へ沈むのか。
川や海の水が青いのは、なぜか。
天にいるという神々には、どうすれば会うことができるのか。
この世はどうやって始まったのか。
わずか五歳足らずの子どもに矢継ぎ早に問いただされ、私が口をつぐんでいると、王子の母がやんわりと遮ってくれた。
「アレクサンドロス。そのくらいにしておきなさいな。様々な出来事に興味を持つのは素晴らしいことだけれど、質問ならば家庭教師の先生がいるでしょう。レオニダスに聞いてみなさい」
「嫌だよ。あの先生、ちっともわかってない」
「あら、どうして? なにか叱られたの?」
「神様への犠牲の獣を捧げる時に、香料をたっぷり入れすぎるなって言うんだ」
「あなたのことだから、両手いっぱいにすくいあげて、火にくべていたんでしょう?」
「そうだよ。だって、神様への捧げものなんだから、当たり前じゃないか。それなのに、先生ときたら。たっぷりと振りかけるのは、香料のできる土地を征服してからになさいだって。まったく、ひどい人だよ」
「ええ、そうね。あなたが正しいわ。あなたのような高貴の血筋に生まれた者が、人よりも大きなものを捧げるのは当然のことですもの」
アレクサンドロスと母オリュンピアスは、どんな親子よりも密な関係にあったと思う。
マケドニア王である父フィリッポスには、多くの女に囲まれていた。一夫多妻制であり、母オリュンピアスは、父フィリッポスの四番目の王妃である。
アレクサンドロスには三つ年上の異母兄がいるが、その出自はきわめて低い。
異母兄はアレクサンドロスが生まれたばかりの頃に、重篤な熱病を患った。爾来、心の成長を止めてしまったのだという。幾つになっても舌足らずで、数は数えられず、字も満足に読めない。体ばかり大きくなっても、中身の成長が伴わないという。
口さがない庶民や謀略好きの貴族たちの間では、まことしやかにある噂が流れている。この異母兄の容態は熱病によるものではなく、王位継承者を排除する目的で母オリュンピアスが毒を盛ったのだと。
毒云々の真偽は、私には判断しようもないが、幼い王子アレクサンドロスが現時点で後継者候補の筆頭にあることは間違いない。
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