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「……で、部屋の修理が済むまでの間でいいから俺の部屋で居候させてほしいと?」
「そう……なの。友人や他の同期はみんな結婚してたり、彼氏持ちだったりで。……こんなこと、気が引けて頼めないし」
馴染みの居酒屋で、仕事終わりの最高の一杯であるビールで喉を潤しながらネクタイを緩めたところで、テーブルを挟んだ向かいに座る会社の同期から出た言葉に、俺は苦虫を噛み潰したような表情をしているに違いない。
……といっても、自分の顔なんだから、確かめようはないが。
いつも強気な高石 恭子らしからぬ弱腰な様子からして、きっとそんな表情をしているんだろう。
そりゃそうだ。
せっかく、いい具合に焼かれた、今まさに食べ頃の焼き鳥が届いて、『さぁ、喰うぞ!』というときに、そんな話を出してこなくてもいいだろう、と、俺が思うのも至極当然だ。
……それに、他のヤツには気が引けるのに、俺にはその気遣いはねーのかよ、とも思ったり。
「お願い。スガッチしか居ないのよー。この通り、お願いします! 菅様、菅 完治様ー!」
それだけじゃない、俺と同じ今年28歳になるこの女は、何か頼みごとがあるときに限って、『スガッチ』なんてふざけた呼び方をするのも気に食わない。
それを知ってて、ふざけた『スガッチ』呼びから、本来の名前に『様』を付けて言い換えるところが、また余計に癇に障るところでもあったりする。
まぁ、でも、高石に限っては、男っぽい性格でサバサバしてるし、女だからって意識するような間柄でもない。
こうして、二人でこんな風に、週に一度か、多いときだと二度の頻度で、馴染みの居酒屋で仕事の愚痴を言い合ったりする、そんな間柄。
男同志で酒を酌み交わしている感覚と同じで、いわば"気の置けない同志"のような、そんな関係だ。
結局俺は、木製のテーブルにこれ見よがしに額を擦り付けながら、
『なんやかんや冷たいこといっても菅なら断ったりしない』
『もう一押し?』
とか思いつつ、俺の様子を窺ってるのだろう高石の頼みを仕方なく聞き入れてやることにしたのだった。
聞けば、マンションのすぐ上の階の水漏れが原因らしく、用意された仮の住まいが運の悪いことに元カレと同じマンションだというから、同情したのもある。
部屋の修理もそんなに時間はかからないようだし、まぁ、いいか、と、そんな軽いノリだった。
一応、念を押しておくが、仕方なくだ。
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