たとえばこんな夕暮れどきに

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高石の頼みを聞き入れてからというもの、俺の気が変わらないうちにと、その週の土曜の夜には、高石の引っ越しは完了していた。 それから、早いもので一週間が過ぎようとしている。 初めは、やっぱり、高石も一応結婚前の女だし、彼氏でもない男との同居は倫理的にまずいんじゃねーの? とか、居候の件を了承したものの、あれこれ気にかかることがあった。 ……が、しかし、元々余ってて、書斎扱いにしていた部屋を提供しているため、最低限のプライベートは保たれている。 食事も、別々でも良かったけれど、意外に家庭的で、毎日自炊してたという高石からの、 『居候させてもらってるんだし、これぐらいさせなさいよ。それに、別々にしてたら光熱費とか勿体ないでしょ! これだから男は!』 いかにも高石らしいというか、若干セクハラにもとれそうな、この提案により、『そこまで言うなら』と、食事は一緒に済ませていたりする。 まぁ、入社してからかれこれ五年の付き合いだし、元来"気の置けない同志"である高石との同居だからか、これが結構快適だったりして。 お互い、恋愛感情なんて持ち合わせてもいないけれど、いや、いないからこそ、高石さえ良ければ、部屋の修理が終わるまでと言わず、彼氏ができるまで、居候してくれても構わない、なんて、倫理的にどうとか気にしてた割には、自分勝手なことを思っていたりする。 実際に、高石にそんなこと言おうもんなら、 『冗談じゃないわよっ! 私はあんたの家政婦じゃないんだからねっ! ふざけるな! ホント男って勝手なんだから!』 なんて、どやされそうだが……。 そんなことを考えていた俺は、 「ホントに、男なんて勝手なもんだよなぁ」 なんて、気づいたら、世の中の男が聞いたら、『お前だけだよ』と突っ込まれそうなことを、冷蔵庫の缶チューハイを出しながら独りごちってしまってて……。 それを、キッチンでありあわせの食材を使って、夕飯の準備をしているエプロン姿の高石から、フライパンにサラダ油を垂らしつつ、 「何? なんか言った?」 そう聞き返されて、 「……あー、いや、『腹へったなー』って言っただけだけど」 と、返した俺は、 「プッ、菅ってば、拗ねた高校生の男の子みたい。かーわーいーいー!」 なんて、どこが壺だったのか、吹き出した高石に、からかうような口調で可笑しそうに言われてしまい。 それが、何故か無性に面白くなくて、無言を貫いてリビングのテーブルに腰かけたところへ、 「ごめんね。すぐできるから、これでも食べててよ」 と言って、にっこりと笑った高石がテーブルに置いてくれた一品が、俺の好物のタコわさだったため、機嫌を損ねたことなんて棚にあげ、それに箸を伸ばして一口含んだ俺は、 「うわー、ツーンとくる。けど、ウマイ、サイコー。やっぱツマミはこれだよなぁ」 なんて、上機嫌で言ってて。 「もう、菅ってば、それ食べたらいつも言うよね? 『うわー、ツーンとくる。けど、ウマイ、サイコー。やっぱツマミはこれだよなぁ』って。私覚えちゃった」 「……え、俺、そんなオヤジ臭いこと言ってたっけ? そうだっけ?」 「そうだよー! うそ、自覚ないんだぁ?」 「あぁ、なかった。けど、マジかよ?」 「マジマジ」 いつものように、高石と一緒にワイワイ言ってるうちに、何に対して怒ってたかなんて、俺はすっかり忘れ去っていた。 そんなこんなで、高石との同居生活は、俺にとって、意外にも快適で楽しいものとなっていた。
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