たとえばこんな夕暮れどきに

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何もできないまま、高石の引っ越す土曜日を迎えてしまった。 そして、ぼやぼやしている間に引っ越し業者が到着して、あっけなく、高石の痕跡を一つ残らず運び出してしまって。 いつの間にか、窓から差し込んでた陽光も紅く色づき始めた。 やがて、身支度を終えた高石が、 「じゃぁ、そろそろ行くね」 「……あぁ、じゃぁな」 なんの躊躇いもなく、ニッコリといつもの笑顔で部屋を出ていこうとする。 週明けには、会社でまた会えるのに、"今生の別れ"みたいな気持ちになって、高石がドアを閉める刹那、 「た、高石」 「何?」 「いや、その、忘れ物ないかなって思ってさ」 「あぁ、うん。菅こそ、なんか忘れてるんじゃない? なーんてね。じゃぁ」 呼び止めたはいいが、肝心なことは言えないまま、高石はドアの向こうへと消えてしまった。 俺はぼんやりドアを見つめたまま身動ぎできずに暫く突っ立っていたけれど、高石の最後の言葉が妙に引っ掛かって。 何度か頭の中で反芻してから、ある考えに至り、気づけば、部屋を飛び出していた。
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