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01 橋の上
霧の中を、イタルに手を引かれ、私は走っていた。
なぜだろう、頭がぼんやりして状況がよくわからない。
なぜ私はイタルと一緒に走っているのだろう。
ここはどこなのだろう。
疑問は浮かぶもののとにかく引かれるがままにひた走っていると、私たちはやがて広い川に架かった橋を渡り始めた。
走りながら真っ赤なリコリスが一面に咲き乱れる川原に見とれていると、ふいにイタルが足を止め、私はその背にぶつかってよろめき、振り返ったイタルが、握っていた私の手を強く引いて抱き止め、私を真っ直ぐに見詰めた。
「イタル……」
彼の目には、涙が溢れていた。
「ミレイ……ミレイ……!
ごめん……どうしても離れたくなくて、こんな所まで君を連れてきてしまった……。
でもやっぱり駄目だ、これ以上君を巻き込むことなんかできない……!
君はこれ以上来ては駄目だ、この川を越えれば二度と戻れなくなる。
あぁ、だけど僕は君を連れて行きたいんだ!
どうしたらいいんだ!
僕は一体どうしたら!」
イタルは子供のように私にしがみつき、声を上げて泣き始めた。
「イタル……」
抱き返そうか迷う腕を少し上げて、しかし静かに下ろして、
「イタル……ごめんなさい……私、あちらには行けない。
やらなければいけないことがあるもの。
イタル……あなたのために祈ることよ。
私まであちらに行ってしまったら、あなたを思い出す人もいなくなってしまうわ。
ねぇ?
だから、私はここで……お別れよ。
もしも叶うのなら、また、どこかで必ず会いましょう?
もしも信じてくれるのなら、ずっと待ってて。
私、絶対あなたを見付けるから。
私、これからずっとあなたのために生きて、あなたのために死ぬわ。
あなたのために祈り続ける。
だから、大丈夫。
安心して渡って、ずっと待ってて」
優しく諭すように思いを伝え終えると、そのままどれほど経ったか、咽び泣くイタルの腕の中での長い長い沈黙の後、ふいに私は解放され、よろめくように数歩後ずさった。
「わかったよ……僕は……もう……行くよ……」
先ほどまで湧き上がっていた剥き出しの感情は一片も見られず、まるで何かに操られる人形のようにイタルは背を向け、橋の向こうへ向こうへと、あっという間に歩み去って行った。
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