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それはあったかいあったかい、きらめく黄色の日ざし。
見まごうことなき、春だった。
卒業式を間近にひかえた、うららかな春の一日。
「ほたるのひかり、だって。おぼえた?」
くすり、笑って、広い川の土手に、腰を下ろす。ふわふわの草が風にのって、青っぽいにおいをたてた。
川辺には、菜の花がたくさん。世界はますます、おだやかな黄色。
「無理無理。いきなり歌えって言われてもな―」
覚えるのなんて受験勉強で充分だよなぁ、と、苦笑するみたいに笑う。確かに、もう、たくさんだ。色んなことを覚えすぎて、頭のなかは容量オーバー。今なら英語をやりながら古典文法を思い出したり、数学を解きながら聖徳太子について考えちゃったり、してしまいそうな気がする。
やっと解放された。受験勉強から。そしてあっというまに私たちは、受験生から卒業生になった。
「もう卒業なんて、早いねぇ」
そのへんにあった手頃な石をひとつ、つまみあげる。水切りなんてできないから、てきとうにぽちゃんと投げたら、環境破壊だと無駄に真面目くさった顔で草介が呟いたので、思わず笑ってしまった。
「夏奈は、県外だっけ」
「そう、隣の県。草介は?」
「俺は地元」
寂しくなるよな―、と草介は伸びをした。幼なじみ、だったわけじゃないけど、なぜだか草介とは小学校から高校まで、全部いっしょだった。しかもほとんどが同じクラスだった。
腐れ縁というやつだったのだろうか。恋人にはなれなかったけど、いつだっていっしょにいた。登下校のときも、夏祭りも、修学旅行も、文化祭も。思い出はみんなみんな、全部草介と共にある。
「おまえといっしょじゃないなんて、はじめてだもんな」
「はは、それ私もいま思ってた」
寂しいよう、とふるえる子犬の真似をするので、おかしくて笑った。だけど田中くんとかとはまた大学もいっしょなんでしょ、というと、草介は、でもおまえがいないと全然違うよ、と口をとがらせた。
そんな何気ないひとことに、胸がしめつけられる。
「休みには帰ってくるんだろ」
「うん」
「夏も?」
「うん」
「冬も、」
「そう、春もゴールデンウイークも全部、帰ってくるよ」
そっか、と草介は息を吐いた。安堵したみたいなやさしいためいき。そんな些細なことが、なんでこんなに嬉しいんだろう。思わず涙ぐみそうになる。
私が遠くへ行ってしまうことをこんなにも寂しがって、私が帰ってくることをこんなにも喜んでくれるのは、草介、きっと世界であなたひとりだけだ。
「…元気でな」
にこっと笑った草介が右手を差し出して、それが春の日ざしに染まる。おだやかな風は町のすみずみに春を運んでいる、もう冬ではないのだ。つめたい空気はもう流れない。
春が来た。わかれの春が。
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