胸の爆発

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 入院までは様々な検査をした。マンモグラフィーをしながら胸に注射の針を刺して組織を取るという産まれて初めての経験もした。さぞや痛いだろうと覚悟をしていたのだが、想像よりは痛くなかった。  今日は入院する日だ。空は晴れ渡っていて少し風が強い。夫は仕事の有給を貰って一緒に入院手続きをしてくれると言う。入院を直前に迎えてソワソワしているのは寧ろ夫の方だ。私はなるようにしかならないと度胸を座らせる。けれど、それは夫が心配してくれているからであって、私がもし一人だったら、この状況は耐えられなかっただろう。20年前のあの日、貴方に出会えて良かったと心の底から思う。  夫との出会いは母の職場であった。スナックを経営していた母の店にふらっと寄った時、カウンターで「わはは」と笑いながら母のお酌で焼酎を飲んでいる朗らかな今の夫がいた。 「リエちゃん、今日は仕事、終わったの?」  母がウーロン茶のグラス片手にこっちを見る。 「ウン、たまには手伝おうかなと思って」 「この人はね、毎日のように来てくれるの。内藤さん」  母は夫を紹介する。ポッチャリとしていてまつ毛の多い、アザラシみたいな人だなあと思った。 「何時も有難う御座います」  私はペコリと頭を下げる。 「リエちゃんって言うの?ママにそっくりだなあ」  後に夫になった内藤さんははニコニコする。 「そうですか?あまり言われないんですよ」  事実、親子だって言っても信じない人が多い。 「リエちゃんは飲めるの?」 「はい」 「ここにボトル入ってるからさ、好きな時に飲んでいいよ」  私は「ふふふ」と笑った。 「じゃあ、今、頂きます」  母の店に来た時はお客さんのお酒を頂くことが多い。 「焼酎でいい?」 「はい、何でも」  私は若い頃から大阪のミナミや北新地のクラブで働いていた。接客は慣れている。  その晩からだ。夫と定期的に会って飲んだり食べたりするようになったのは。カッコいいとかイケメンだったとか奢って貰えるから等という安直な気持ちで一緒にいた訳では無い。一番気を許せる人だった。
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