第二章 東からの景色

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 あれから、何度目の桜だろうか――  桜がいなくなった空白は、月日がどんどん修復してくれる。別れたダメージが小さいのは、初めから別れを覚悟していたからだ。桜は、俺が悲しまないように、ちゃんと布石を打っておいてくれた。  そして、一年間の幸せをプレゼントしてくれた。  でも、また桜の季節には思い出してしまうのだろう、あのまぶしい出会いを、そして、別れを。桜の予言通り、俺は新しい道を見つけられるかもしれない。  相変わらず、みなみさんとは水族館仲間だけれど、もう一歩、前に進んでみてもいいのかな。  そう、桜のことを思い出していたからだろうか―― 「悠!」  懐かしい声に呼ばれた気がして、俺は道端で振り返る。でも――声の主はどこにもいない。爽やかな春の風に、その声は一瞬でかき消される。桜の木が俺にいたずらをしたのかもしれないなんて、笑った。  あぁ、桜、俺、君のことが好きだったよ。心の中に一筋の涙を流して、俺は水族館に向かった。みなみさんと、会うために。  ――仕事が休みの日なのに、やっぱり水族館に行きたくなってしまうなんて、悠は本当に水族館が好きだなぁ――  そう、桜の呆れたような声が聞こえる気がした。
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