第三章 南からの景色

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「だいぶ進行していますね……」  初めて入る狭く無機質な部屋。白衣を着た知らない男と二人。漂ってくる薬品の臭いで、吐き気がする。  俺の肺だというレントゲン写真を見ながら、目の前の椅子にドスンと遠慮なく座っている医者が言ってくる言葉の意味が理解できなくて、俺はぼんやりと、目の前にある真っ白な写真を眺めていた。  医者の言葉を聞いて、咄嗟に浮かぶのは、もうすぐ結婚するみなみの顔――これが事実だとしたら、彼女に、なんと伝えたら良いのだろう。  真っ白に濁った肺。  医者の話によると、俺の肺はすっかり病に侵されて、検査の結果次第では、もう手の施しようがない状態らしい。 「タバコ、吸わないんですけどね」  そんな俺のささやかな抵抗に―― 「非喫煙者の人に多い肺野型ですから、自覚症状もほとんどなかったですよね」  そう、軽くあしらう医者(こいつ)。  そういう専門知識いらねぇから、治してくれよ! 俺、もうすぐみなみと結婚する予定なんだよ! みなみを、幸せにしなきゃなんねぇんだよ! まだまだ、やらなきゃいけないことがたくさんあるんだよ!  頼むから、治してくれよ……!  なんて、患者()が必死で訴えたところで、この白い服を着たおっさんは何をしてくれるんだろう――
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