第三章 南からの景色

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 一輪の、百合のような存在感だった。 「西藤みなみです」  入社式の自己紹介でそう名乗った彼女に、俺は柄にもなく一目で恋をした。一目惚れなんて初めて――いや、そもそも誰かに惚れたことなんかなかった俺は、自分の中に芽生えた感情に戸惑った。  戸惑いながら――どうにもこの感情をコントロールできないまま、みなみのことを知れば知るほど、俺はどんどん彼女のことが気になるようになっていた。  知り合って半年も経つ頃には、もう理性ではどうにもできないくらい、みなみのことが好きになっていたのだと思う。  本来の俺は、誰かに依存してしまうタイプだったのかもしれない。  大卒の新人が多い中で、俺と彼女だけが修士卒だった。大卒と院卒なんて、大した年の差ではないのに、生来の性格のせいか、俺とみなみと他の同期とでは、なんとなく落ち着きに大きな差があった。  みなみは背が高く、凛としていて、背筋よく佇むその姿は、まるで一輪の真っ白なユリのようだった。誰にも渡したくない、その花を手折るのは俺だと思った。  俺が懇親会でみなみの横に座ったのは、もちろん偶然じゃない。一目惚れでみなみに興味を持ったが、彼女とは会話の仕方やお互いの持つ空気感、波長がとてもあっていて心地いいと思った。女を口説いたことなんてない俺が、彼女と仲良くなるにはどうしたらいいか、なんて悩む日が来るなんてと、苦笑いしたものだ。  そんな俺の心配をよそに、懇親会の日以来、みなみとは自然な流れで仲良くなることができて、入社した年のクリスマスに江ノ島の水族館で「好きだ」と思いを告げた。運命の女だと思った。  俺の告白に、みなみはとても驚いた様子で―― 「今、私も同じこと言おうと思っていた」  なんて、言うものだから、二人で笑った。なんでもないことが楽しくて、みなみが笑うことが嬉しくて、一緒にいることが心地よくて、幸せな時間だった。
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