第三章 南からの景色

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 俺という人間は、生来健康で、身体も大きく、今まで大きな病気にかかったことはなかった。頑健という言葉で表現されるのが適切な俺だ。  寝込んだ記憶と言えば、幼いころに罹った麻疹と、社会人一年目の冬に職場内で流行ったインフルエンザくらいなものだ。  あのときはみなみが仕事の合間によく看病をしてくれて回復も早かった。  だから会社の健康診断でX線が引っ掛かったときは本当に驚いた。肺に妖しい影があると言うのである。  話に聞く自覚症状もなく、タバコを吸わない俺は、何かの間違いだろうと思った。そのまま仕事も忙しく、すっかり失念していたのだが、背中の痛みが気になるようになって、近くの病院を受診――。  健康診断のことを思い出して医者に聞いてみると、総合病院で見てもらった方がいいと言われて、丸投げされた。そして、今日、重たい腰をあげて検査を受けてみることにしたわけだ。  問題ないだろうと高を括っていたが、精密検査の結果がこれだ。あの日、みなみを裏切ったツケが、こんな形で現れたのかもしれない。あの日のことは、永遠に俺の胸にしまって、墓まで持っていこうと思っていた。みなみには、絶対に黙っておこうと決めていた。だが、神様ってやつはきちんと俺を裁きに来たらしい。  だが、こうなったら、あの日のことを逆に利用しよう。俺は、真実に、ほんの少しの嘘を混ぜることで別れを切り出そうと思った。  どうか、みなみに――殺したいほど憎まれるようにと、祈りながら。
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