春の訪れを待つ人

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「生まれ変わったらなにになりたい?」 暖かな日差しを浴びながら、私の隣で彼が聞く。そのまなざしは私ではないどこか遠くを見ているようにも感じられる。 「うーん、人に生まれたいけど、猫とかになってのんびり生きるのもいいなぁ。」 急に聞かれた質問に、ありきたりの答えしか出せずどこかもやっとする。自分の中は正解の回答ではないのだろうか。  聞いた本人はどうなのか、と問い返すと、彼は私を見てこう答えた。 「俺はね、桜になりたい。」 以前から考えていたかのように彼の言い方は迷いのなくはっきりとしたものだった。 「桜って、あの?」 「うん。あの桜。俺はね、桜が大好きなんだ。日本の象徴ともいわれる美しく華やかで、それでいて厳かで。みんなに暖かな春を知らせて、みんなは桜が咲くのを待っていて。そして、春の終わりを告げるとき、みんなに悲しんでもらえると同時に感謝されるんだ。」  どこか寂しそうな顔で告げる彼は、私に話すというよりつぶやくように続ける。 「俺は、桜は散る時が一番きれいだと思うんだ。だから、俺も死ぬときは桜のように死んでいきたい。」  私は彼のそのささやきに返事をすることができなかった。なんて言っていいかわからなかった。何を言っても気休めにしかならないとわかっていたから。  彼はもうすぐ死ぬ。  余命の時はすでに過ぎていて、いま生きているのが奇跡らしい。一度容体が急変したら、もう目を覚ますことがないかもしれない、とさえ言われている。  ねえ。 彼が私に言う。その視線は私をとらえておらず、目の前の木に注がれている。 「この桜が咲くのを、俺は見ることができるかな。」 「───私は、一緒に見てみたいな。」  この桜が咲く中、一緒にお昼寝をしよう。  私がそういうと、彼は困ったように笑った。  彼はその一週間後、息を引き取った。  あまりにも突然すぎる死だった。先生の言う通り、容体が急変してからはあっという間だった。    あの桜が咲いたのは、それから二週間後だった。
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