笑った顔

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 教室の中からはすでに、先輩達の騒がしい声が聞こえてきている。  まだ本格的な話し合いは始まっていないはずだが、お化け屋敷がやりたい、いやいや流行りのタピオカだろう、男だけのメイドカフェってどう?と盛り上がっている。  いや男だけのメイドカフェってキツすぎるだろ‥と心の中でツッコミを入れながら、俺と瀬戸は後ろのドアから教室へ入った。  やはり先輩達が窓際に集まり、文化祭の内容について熱く語り合っている。三年生にとっては今年の文化祭は最後の文化祭だから、やっぱり一段と気合いが入るのだろう。  今は9月、文化祭は11月の半ば。つまり文化祭当日まではあと2ヶ月ほど近くあるということだ。なんだ、2ヶ月もあるのか、まだまだ先じゃん。なんて思ったが、係を決めたり準備をしたりする時間を考えると、部活動や塾などで放課後残れるメンバーも限られてくるため、意外と残っている時間は少ないのかもしれない。 「あれっ江本!?」  盛り上がっていた先輩たちの輪の中から聞き慣れた声が俺の名を呼んだ。 「あ、森田先輩」  俺の所属しているバスケ部の先輩である森田先輩が、輪の中心からひょこっと顔を出している。 「江本も文化祭実行委員?!お前こういうのやるような積極的なタイプだったっけ?意外!」 「いや、俺は寝てたら勝手に決められてたタイプです」 「あーやっぱりかあ~。めんどくさがりのお前がわざわざこういうの立候補するわけないもんなー!居眠りしてた罰だな!」  ハハハと森田先輩が大声で笑う。周りにいた他の先輩達も話を中断させ、俺と先輩の会話を笑う。なんか妙に恥ずかしい‥。 「で、江本ともう一人の実行委員は‥‥ってうわっイケメン!!」  俺の後ろにいた瀬戸を見て、先輩が無駄に大声を張り上げる。 「えっ!うわーほんとだ~超イケメーン!」 「顔ちっちゃ~い」  森田先輩の''イケメン''という言葉に反応して、瀬戸を見た女の先輩達がキャーキャーと黄色い声を上げる。  やっぱりこういう反応が来ると思った、まあ予想通りだ。だけどこれじゃあ隣にいる俺、完全に引き立て役じゃん、ちぇー。俺だってそこまで悪くはないと思うんだけどなあ。たぶん。  当の瀬戸はもうこんな反応慣れてしまっているのか、気にする素振りも見せず、ぽけっと俺の後ろに立っている。 「こんなイケメンの後輩と文化祭企画できるなんてラッキー!同じクラスだからって森田と一緒とか萎えるし」 「はあ!?それどういう意味だよ!俺だってお前みたいなゴリラ女となんて嫌だわ!」 「なにそれ最低~!まじそんなんだから森田モテないんだよ!」  森田先輩と同じクラスなのであろう女の先輩の言葉に、森田先輩が負けじと言い返す。今日もいつも通り声がでかい。放課後だっていうのに、森田先輩の中にはエネルギーが有り余っているように感じる。俺とは大違いだ。俺はすでにこの熱気溢れる暑苦しいクラス内にいるだけで、かなりHPを消耗している。あー帰りたいなー‥帰ってゲームしたいなー。 「江本、二年はこっちだ」  いつの間にか瀬戸が廊下近くの一番後ろの席に座って、俺を呼んだ。  瀬戸ってイケメンの癖に、意外と影が薄いというか、気づいたらいなかったり、ひょいと現れたりする。  イケメンって普通存在感を放ちすぎて、どこにいてもキラキラ輝いてるもんじゃないのか?瀬戸は無口で動作も静かだからだろうか。  俺は瀬戸の隣に座ると、スマホを取り出してツイッターのアプリを開いた。『実行委員めんどー笑』そうツイートして、アプリを閉じる。  隣の瀬戸は黙ったまま、机の上に置かれていた資料を見つめている。まあ無駄に話しかけない方がいいよな、触らぬ神になんちゃらってやつだ。使い方あってるか分からんけど。とりあえず、これ以上瀬戸を怒らせるのもめんどくさいし、ほっとくのが一番だ。  しかしやっぱり黙ったままの静かな空間は少しもどかしくて、意味もなくTwitterを開いたり閉じたりを繰り返してしまう。  そのとき、 「江本は、文化祭、‥何がしたい」   「‥えっ」  いきなり瀬戸が話しかけてきた。いつもと変わらぬ、平坦な声で。こちらも向かず、資料を見つめたまま。  まさか瀬戸から話しかけられるとは思っていなかった俺は、驚きのあまり手を滑らせスマホを机の上に落としてしまった。慌ててスマホを持ちなおす。 「えっえーー、と、そうだなあ、何だろな、まあ普通に焼きそばとか定番なんじゃね?あと先輩が言ってた、ほらタピオカとか売れそうじゃん!」  驚いたことを悟られないよう、なるべく明るい声で返す。  うわー、まじでびっくりした、瀬戸って自分からこういう話始めたりするんだ、てかこんな普通の会話、するのか。いやするか。イケメンだからって、人間だし。高校二年生だし。    瀬戸は頷くこともせず、資料を見つめたまま俺の話を聞いていた。いや、聞いているのか?反応がない。質問しといて聞いてない、なんてそんなことないよな?さすがに。そっちが聞いたんだから、こっちくらい見ろよ!そんで相槌くらいの反応はしろよ! 「‥‥そうか」  瀬戸はしばらくしてから、呟くようにそう言った。  反応遅っっ!まあそれはいいとして‥。そうか、って‥。そうか、っ‥て!いやまあ大した面白い話をしたわけでもないけど、やっぱりこいつの反応無性に悲しくなる。 「え、瀬戸は何かやりたいこととかあんの?」  俺が聞くと、瀬戸は少しだけこちらに目線を向けた。しかしすぐにまた目線を下に落とす。 「‥‥‥」  しばらくの沈黙。  え、俺の声、聞こえてなかったのか?いやでもちょっとこっち見たし、聞こえてたよな。でも黙ったままだし、え、無視?無視ですか‥?‥まあいいけど。  ほんと瀬戸ってよく分からんやつ。不思議ちゃんレベルじゃねーよ、これ。 「ほら、お前ら席つけー。全員いるか確認するぞー」  ガラっと勢いよく扉が開き、手をジャージ姿の男の先生が入ってきた。太った大きな体に人の良さそうな優しいタレ目、生徒達からは『プーさん』というあだ名で親しまれている、太井先生だ。        
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