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乳買爺
今日は朝から春の嵐で生暖かい風が強く吹きつけ、大粒の雨はバタバタと大きな音を伴い、屋根や地面を激しく打ちつけてくる。
「いらっしゃいませー」
「……」
自動ドアがウィーンと開いて、ずぶ濡れのそのおじいちゃんは今日も、よたよたと店内へ入ってきた。
二十四時間営業のドラッグストアは朝十時前、ちょっとした日用品と食料品を買いに来る客がそこそこ多い。
だが、今日はあまりの天候の悪さに、めずらしく客は一人もいない。
ずぶ濡れのおじいちゃんは、ゆっくりではあるが確実に、このうら寂しい店内を迷うことなく移動している。
というのも、ほぼ毎日似たような時間帯に、おじいちゃんは決まって同じその商品だけを買いに来るので、たどる道筋も決まっているらしかった。
おじいちゃんがいつもの品を手にとる。赤ちゃん用の粉ミルクだ。
七十代後半から八十代半ばくらいに見えるおじいちゃんと、一才から三才の赤ちゃん用の粉ミルクの缶はどうも、ちぐはぐな印象だった。
孫がいるのかもしれない。でも、赤子ということはないだろう。ひ孫がいるのだろうか。だとしても、このおじいちゃんに面倒を任せるとは……
それに、最近の若い世代と違って、この年代の男性が小さな赤子のお守を率先してやるとも思えない。
もしや……飴買い幽霊のように、実は墓場で赤子を育てているとか。
いや、二十四時間営業の店であるにもかかわらず、夜中ではなく午前中にやって来る。その上、いつも二千円分お札を出し、現代の性能の良いレジは自動できっちり、お釣りをはじき出している。お金が葉っぱになったり……ということもなかった。
やや背中が曲がり、大きなミルクの缶を抱えるようにしているおじいちゃんが、のったりのったりと会計のレジまでやってきた。
無言で、缶を置いた。
「いらっしゃ……えっ?」
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