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序
序
その日は、寒さの一段と厳しい日だった。
鬱陶しく立ち込める雪雲から、例年より早めの初雪がいつ舞い始めても不思議ではないような。
カタカタと音を立てる窓の外をこたつの中から眺めていた少年は、こたつ布団を引き寄せる素振りのうちに、向かいに座る祖父の顔を盗み見た。
祖父はいつになく眉間に深い皺を刻み難しい顔をしている。
思えばいつだって、少年を取り巻く環境は厳しいものだったのに、そのどの場面でも祖父のこんな顔を見た記憶はない。
「一さん……俺、なんかいけないことしちゃった?」
少年は祖父のことを『おじいちゃん』ではなく『一さん』と名前で呼んだ。
それは五年前に祖母が亡くなり、二人きりで暮らすことが決まった日に生まれたルールだ。
お互いの事を名前で呼ぶのは、互いがそれ相応の役割を持った存在だと自覚するためだと、祖父は少年に言った。
祖父の言うことを理解するには、当時まだ小学校に上がったばかりだった少年は幼すぎたが、それでも祖父の言葉は少年の中に何らかの自覚を持たせたのは事実だ。
「一さん?」
再び声をかけても、返答はない。
祖父を怒らせるようなことをした記憶も心当たりもないが、押し黙ったままの祖父の態度は、何とも形容しがたい不安を掻き立てる。
また窓の外を眺める動きの中に小さなため息を隠した。
少年に両親はない。生まれてすぐに父方の祖父母に引き取られた。
もとより両親の間に婚姻関係はなく、若い母親は生まれたばかりの我が子をあっさりと手放し、手に余った赤ん坊の少年を父親は実家に残したまま――姿を消した。
そんな身勝手な大人の事情を、十一歳の少年は知っていた。
それでも少年に擦れた様子はない。
歳の割に少し小柄な気はするが、短く切った栗色の髪やすらりと伸びた長い手足からは活発さが伺えるし、祖父を心配そうに見つめる瞳からは少年の真っ直ぐな性格が見え隠れしている。
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