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「雪……降るかな」
降ると嫌だなぁとこたつの中にしまった両手を擦り合わせる。
冬休みに入って五日が経つ。
昨日出掛けた祖父は、朝目覚めた時には帰宅していたが、それからずっとこんな感じだ。
仕事のない日でも家の中でじっとしていることのなかった祖父が、一日中こたつに座り続ける不思議。
昼に少年が準備したうどんにも手を付けず、お茶すら口にしない不思議。
そして何よりひたすら渋面で、一言も口を開かず少年の呼び掛けにも答えない不思議。
不思議なことは幾つもあった。
しかし少年はそれらの不思議を見て見ぬふりをして過ごした。
いつものように自分の分担の家事をこなし、小学校の宿題を進め、図書館で借りた本を読み、見て見ぬふりを貫いた。
それは、そうすることが、最善の策であると思ったからだ。
祖父の無言が生んだ不安を払拭する、唯一の方法だと思ったからだ。
――プルルルル……。
長く続いた沈黙を、突然鳴った電話の音が破った。
心当たりのない着信に驚きながらも、こたつから出て玄関にある固定電話に向おうとした少年の手を、不意に祖父のごつごつと節くれだった手が包み込む。
『――朔良』
ようやく聞けた祖父の自分を呼ぶ声を聞いて少年……朔良は、ほっとした表情を浮かべ、安堵の笑みを落とした。
思いつめたようにじっと自分を見つめる祖父の目に、只ならぬものを感じはしたが、切れることのない着信音に急かされて「ちょっと待ってて」と朔良は祖父の手を解き電話口に急いだ。
振り返らずに。
その電話は、昨日身元不明で搬送された交通事故の被害者が『桜木一』であると思われるので確認に来て欲しいというものだった。
こうして桜木朔良は、頼るべき最後の肉親を、失った――。
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