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          1 「いいか? 少しの間静かにしてられるか? わかる? 今俺、大事なこと言ったからな? 物事には順番というものがあって、なんでもいきなりはダメなんだ。いい? しばらく静かにしてくれてたら、ちゃんとなんとかするから……」  上着のパーカーの懐を覗きこんで、そこに隠した子犬に向ってそう言い聞かせると、桜木朔良(さくらぎ さくら)は同居人にバレないよう気を付けて、そっとマンションの扉を開いた。  音を立てず静かに靴を脱いで、玄関のすぐ右にある自室を目指す。  長く匿うことは無理だと知っている。それでも、さっき子犬に言い含めたように、物事には順番というものがあり、円滑に事を進めるためには、根回しというものが必要になる。と知っている……。  しかし大抵の場合たくらみとは、うまくはいかないものなのだが。  朔良の場合も……自室に入る前に奥のリビングへと続く扉が開いて、同居人であり、今回のミッションに置いての最大の難関である天羽遼人(あもうはると)が姿を見せた。 「おかえり、遅かったな」 「あ! あ、うん。ただいま」  バクバクとなる心臓に平常心と言い聞かせて、朔良は上着の中の子犬を落とさぬよう気遣いながら振り返った。 「――で?」 「え? で? で、なに?」  右手を差し出していた遼人の表情が曇った。 「朔、お前はなにをしに二時間前に出掛けたんだった?」  あー……二時間前。 「……買い出しを頼まれて、それで、出掛けた……かな?」 「そう正解。で、頼んだものは?」 「えーと、なかった、かな?」 「そもそも何を頼まれたか、覚えてるか?」 「それくらい覚えてるよ! ヨーグルトと食パン。あと人参と豆腐」  自信満々に答える朔良に対して、遼人の眉間には深い皺が刻まれて行く。 「その全部がないなんてこと、あるわけないよな。で?」 「で、で……ごめん! 忘れた!」 「朔!」 「はいっ!」  大声で名前を呼ばれて思わず肩がすくみ、服の中の子犬が「きゅうぅ……」と情けない声を上げた。
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