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その朔良が目の前でうなだれている。服の中に、何やら隠して。
「朔? なにを隠しているんだ?」
「え、なんで!?」
まだ隠しきれているつもりだったらしい朔良は大きく身体を逸らして驚いた。
お腹の辺りが膨らみが、もぞもぞと動いている。
「妊婦、みたいだぞ」
服の裾を両手で押さえる姿は、まさにお腹を護る母親のようだ。
「いやいやいや。それは違うでしょ? それはひどい」
「何となく想像はつく。今すぐ元の場所に戻して来い!」
「わーっ!」
「わーじゃない。犬か? 猫か? どっちだ?」
「……子犬。どうしてわかったんだ!」
朔良はパーカーのファスナーをじりじりと下げると本来は真っ白だと思われる子犬を服の中から引っ張り出した。
「まずきれいにしてやらないと……」
当然のようにつぶやく朔良を「ちょっと待て」と遼人は止めた。
「朔、いい加減にしろよ?」
大事そうに上着の中に戻した子犬を服の上から抱き締めて、朔良は行き場をなくしたようにただ立ち尽くしている。
確かにこのマンションはペット飼育可能な物件だ。しかしそれは実家からの利便性と、家賃との相談でそうなっただけのことで、迎え入れる前提で選んだわけではない。
そのことは朔良も理解しているはずだ。
「朔。考えてみろ……学校行って、それにもうすぐバイトも探すんだろ? その上そいつの面倒までは、無理だ」
「それは、わかってる。だからこのまま飼おうとか思ってない」
「だったら」
「さ、里親、探すから! だから見つかるまで! お願い!」
「ダメだ。元の場所に戻して来い」
肩に手を掛けられ、方向転換させられ、玄関のドアまで無抵抗に押し戻されながら朔良はなんとか踏み止まろうと試みた。
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