この辺りで美しいものは何ですか?

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 旅人は夜を歩く。北のひとつ星を目印に夜を歩く。  旅人は夜にだけ歩く。次の目的地まで夜にだけ歩く。  旅人は北の果ての土地に着いた。周りには誰もいない。少しの先すら見えないほどの真っ白な吹雪の中、旅人は独り歩く。 「この世で一番美しいものは何ですか?」 「ごめんね、僕にはわからない。この灰色の世界しか知らないから。」  旅人の脳裏に過去に何度も交わしたやりとりが浮かぶ。  旅人が産まれ育った場所には美しいものがなかった。迷路のように入り組んだ裏路地、いつも曇っている空、みすぼらしい恰好の住人。旅人の住む世界は灰色だった。  ある日、旅人は決心をした。美しいものを求めて旅に出よう、と。残された時間はあまり長くない。醜いものしか知らないまま果てるのは、あんまりだ。後ろ髪引かれる思いはあったが、それを振り切り故郷を飛び出した。  気が付けば吹雪は止んでいた。視界に広がったのは太陽に照らされ、一面真っ白に輝く世界だった。旅人が知っている世界とは真逆の世界だった。  旅人は慌てて鞄をひっくり返し、いつものスケッチブックと白いクレヨンでこの世界をスケッチする。白い紙に白いクレヨンで描いたので、ただの真っ白いページが出来上がっただけだった。それでも、灰色しか知らなかった旅人にとっては、最高のスケッチとなった。
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