この辺りで美しいものは何ですか?

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 旅人は夜を歩く。美しいものを求めて夜を歩く。  旅人は夜にだけ歩く。次の目的地まで夜にだけ歩く。  旅人は黄金で飾られた館で目覚めた。そばに座っていた老人が声をかける。 「体の具合はどうだい?どこか痛むかい?」 「ここは…?」  旅人は辺りを見回しながら尋ねる。 「ここは私の館だ。君は森の中で倒れていたんだよ。どこに行こうとしていたんだい?」  老人は優しく旅人に尋ねる。 「美しいものを探しに。あの、この辺りで一番美しいものは何ですか?」  旅人は黄金に囲まれた館を見回しながら尋ねた。答えはわかりきっていたが、いつものように尋ねた。老人は笑顔のまま答えた。 「すまないが、この辺りにはそんなものはない。」 「ご謙遜を。この館は美しいではありませんか。」  予想外の返事に、旅人は思わず大きな声で聞き返す。老人はゆっくりと首を横に振りながら寂しそうに答える。 「この館は私の孤独そのものだ。黄金に惹かれてでもいいから誰かに隣にいてほしい、そんな想いで建てた愚かな館だ。そんな館を美しいと言えるかい?」  老人の問いかけに、旅人は何も言えなかった。そんな旅人を見て、老人は思い出したように言う。 「そういえば最近、南の果てに不治の病を患っている女性がいるという話を聞いた。突然いなくなってしまった愛する人を、消えかけの命で信じて待ち続けているのだそうだ。私からすれば、そのような愛こそ美しいものだと思うがね。」  その話を聞き、旅人は青くなった。震える声で尋ねる。 「消えかけの命...? すみませんが…その女性のいる場所をご存知ですか?」 「たしか…南の果ての工業都市だったと思うが。」  老人の言葉を聞き終える前に、旅人は風のように館を飛び出していった。
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