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旅人は昼夜を走る。南の十字星を目印に昼夜を走る。
旅人は休まずに走る。愛する人が待つ遥か彼方の故郷まで休まずに走る。
「私、あと1年くらいしか生きられないんだって。」
病室のベッドの上で、いつもと同じ調子で愛する人は言った。倒れたと聞き、慌てて駆けつけた旅人はそれを理解するまでに少し時間がかかった。
「生まれた時から病気を持ってたらしくてね、急に発症するんだって。おばあちゃんになってから発症すればよかったのに、せっかちだよね。」
愛する人は他人事のように微笑む。そして、その顔が少し曇る。
「でもね、2つだけ心残りがあるの。1つはあなたと離れ離れになること。もう1つは、もっときれいなものをたくさん見たかったなぁって。」
旅人は昼夜を走る。南の十字星を目印に昼夜を走る。
旅人は休まずに走る。身体が限界を訴え、血を吐こうとも構わずに走る。
旅人は故郷の工業都市に着いた。病室へ駆け込むと、旅人は枯れ果てた声で叫んだ。
「世界中の美しいものを集めてきた!」
ベッドに横たわっていた女性は、その声とドロドロに汚れた旅人の姿に一瞬目を丸くした。しかし、すぐに優しい顔になると、あまり残されていない力をふりしぼって起き上がる。
旅人も残された力をふりしぼり女性に近づくと、鞄の中身をベッドの上にひっくり返した。ひとつひとつのものが、どんなものなのか、どれほど美しかったのか、目の前の愛する人に熱心に語った。女性は涙を流しながら、それでもとても嬉しそうに頷き、彼の話を聞きつづけた。
看護師が検診のために病室に入ったとき、旅人と女性は手を握り合いながら寄り添うように眠りについていた。
ふたりのその顔は、世界中のどんなものよりも美しかった。
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