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 一体どういう意味だろうと篤郎が門倉に問い返そうとしたとき、 「あつー。お待たせ。あれ、いいもの飲んでるな」  背後からふわりと源の匂いがして、振り向いたらその顔の近さにぎょっとした。篤郎がおたおたして返答できないうちに、ひとくち頂戴とばかりに飲みかけのコーヒーに源が口をつけた。 「行儀が悪いですよ。飲みたいのならちゃんと自分の分を頼みなさい」 「んー、でもそんなにいらないし。ひとくち飲んだらもう充分」 「……そういうところ、きみはまったく変わりませんね」  呆れる門倉を物ともせず、源は篤郎の隣の席に座った。背後に佇む日下に、門倉は「きみも座りなさい」と勧めた。 「いえ、僕は……」  篤郎は目をそらしたまま、日下のいるほうを向けなかった。背後に涼やかな男の視線を感じる気がして、居心地の悪さにもぞもぞと尻を動かす。 「それで、ふたりでなんの話をしていたんだ?」  篤郎はどきっとした。 「彼が日高くんの絵をどれだけ好きかーー」 「わーわーわー!」  篤郎は慌てて門倉の言葉を遮った。さっき言ったことは嘘ではないが、自分がどれだけ源の絵が好きか熱く語ったことを本人にバラされたらたまらない。恥ずかしくて死ぬ。ただちに死ぬ。 「あつが俺の絵を?」 「何でもない! 何でもないから!」  源はふっと瞳をゆるめた。大きな手が伸びてきて、篤郎の短い髪をくしゃりと掻き混ぜる。瞬間目を丸くした門倉と視線があって、篤郎はかあっと赤くなった。 「な、ばっ! やめろ……っ」  大きく腕を振り回し、源の手から逃げようとするが、力強く押さえ込まれて解くことができない。 「こいつかわいいだろ。いまはこんなでかくなっちゃったけど、最初会ったころはションベンちびりそうなくらいちっちゃくて」 「ちびってなんかない!」  放っておいたらとんでもない濡れ衣を着せられそうで、篤郎はきっぱりと否定する。 「いくら邪魔だと追い払っても、ちょこまかと俺の後をついてくんの。ガキは嫌いだってのに、『ぼくはガキなんかじゃない』て、べそかきながらでっかい目でこっちを睨んで」 「……邪魔して悪かったな」  どうやっても歳の差は埋められない。よりによってライバル視している男の前でそんな昔の話を持ち出されて、篤郎はぶすりとむくれた。  まあまあ、と門倉が宥める。 「ほんとかわいかったな。男のくせに、女の子みたいなリボンがついた麦わら帽子を被ってた。さすがにそんなころから知ってるせいか、歳の離れた弟みたいなもんだよ」  ーーえ?  はっとして振り返ると、源は穏やかな瞳で篤郎を見ていた。胸の中に嫌な気持ちが広がる。どくんどくんと不安が鼓動を速める。
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