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意識が途切れる瞬間の恐怖感を思い出すと、身震いがした。
生まれて初めて、死ぬ、と本気で思った。
今まで俺に取り憑いてきたどんな悪霊や幽霊も、本気で俺を殺そうとしてきたことはなかった。
気を失うとか、息ができなくなるとか、そんな大袈裟なことはなかった。
それなのに。
今回の悪霊は、今までの悪霊とはまるで違う。確実に、俺を殺そうとした。爪が食い込むほど、俺の喉を絞めてつけてきた。
こんなこと初めてだった。
この悪霊が特別なのか、今までが運が良かったのか。いや、幽霊に憑かれている時点で運は良くはないのだ、今までは「不幸中の幸い 」だったのかもしれない。
「ほら、陰山」
呼吸が落ち着いてきた陰山の隣に座り、朝比奈がペットボトルを差し出す。
あ、ありが‥とう、と陰山は朝比奈と目線を合わせられないまま呟くようにお礼をいい、お茶の入ったペットボトルを受けとると、一口飲んだ。喉がカラカラに乾いていたから、一口飲んだだけで胸がスッとした。
まさか苦手だったこいつ、朝比奈が命の恩人になるなんて。
ひどい姿を見せてしまった。呼吸困難なんて、人に見られてうれしいわけがない。陰山は、酸素を求め口を魚みたいにパクパクさせながらベンチの上でのたうつ自分自身を想像した。なんて滑稽なんだろう。恥ずかしすぎて、惨めで、消えたくなる。
そして陰山のズタズタになった心をもっと深いどん底に沈めさせたのは、陰山を救うため朝比奈が懸命に行った「人工呼吸」。
朝比奈の唇の柔らかい感触。
''ふにっ''とした、そう、漫画でよく見るあの表現そのままだった。
‥ちがうちがうちがう、あれはただの人工呼吸。そう、何も意識することはない。そうだ、何をそんなに戸惑う必要があるんだ。ただ唇が触っただけ、人工呼吸をするために。
‥人工呼吸もキスに入るのか?
いや、そんなわけない、人工呼吸とキスは別だ。ノーカウントだ。もし人工呼吸もキスに入るのだとしたら、初めてのキスが人工呼吸で、それも相手は男で、しかも朝比奈なんて、そんな虚しいことあるか。もちろん嫌われ者の自分がそう簡単に女の子とキスできるなんて思ってなんかいない、でも。さすがにファーストキスがこいつっていうのは‥‥。
唇が触ったくらいでこんなにも無駄なことをグルグルと考えてしまう自分自身が嫌になる。ああ俺キモいな、ほんと、まじでキモい‥
「陰山、聞いていいか分からないが、その‥さっき言ってたユーレイって‥」
朝比奈が静寂を破った。
頭を抱えていた陰山は、静かに朝比奈を見る。意識をしているせいで、朝比奈の形のいい唇に目が行ってしまう。慌てて目線を下にずらす。
朝比奈は手の甲をこちらに向けたまま、ぶらんと両手を胸の前で垂らす。つまり、オバケのポーズ。そしてそのポーズのまま、目線を下げてしまった陰山の目を覗き込んだ。
「つまり‥この幽霊、か?」
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