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 陰山は、朝比奈の放った「ユーレイ」という言葉に目を見開き、固まった。  ゆっくりと頭の中で、記憶をたどる。  苦しさに悶えている俺の様子を見て、病気かもしれないと心配した朝比奈が、救急車を呼ぼうとした。俺は焦った。だってこれは病気じゃない、悪霊の仕業だから。救急車を呼ばれなんかしたら、色々とめんどくさいことになるのは明らかだった。動揺した俺は、酸素が足りずふわふわした意識の中で、困惑する朝比奈に言った。  ''病気じゃなくて、幽霊だ''  だから放っておいてくれ、と最後まで言う力は無かったけれど、でもたしかにその手前までは言った気がする。いや、言った。言ってしまった。幽霊なんて言われて、あぁそうですか、と何の疑問も抱かず素直に納得できる人間はいないだろう。しかしそれでも、救急車を呼ばれるのは困るという一心で、言葉を放った。  別に自分と幽霊の関係を隠していたわけでもない。でも人に言ったところで、やっぱり陰山はおかしいやつだ、とより冷たい目を向けられるだけだ。だから、ずっとずっと黙ってきたのに。  陰山は何を言っていいか分からず、目をキョロキョロと動かした。手や首に冷たい汗が滲んでくるのを感じる。  朝比奈は陰山の顔を覗きこんだまま、陰山が話し出すのを待っている。  朝比奈の人懐っこそうな茶色の大きな瞳がジッと陰山を見つめてくる。  どうにも気まずくなった陰山は、今度は体ごと、朝比奈にそっぽを向いた。座っているため、完全に背を向けることはできないが、それでも朝比奈のあの瞳に見つめられるよりはマシだった。  朝比奈は黙ったままだった。見えなくても、陰山は自分の後頭部あたりに朝比奈の視線をジリジリと感じていた。  こいつ、俺が答えるまで待ってるつもりだ。そう思った陰山は、やっと、絞り出したような声で言った。 「‥‥そ、そうだ。あの、幽霊だ。‥よく心霊番組とかでやってるだろ、白いワンピースの女がどうとか、足のない男がどうとか、‥そういうの」  声が震える。  自分がひどく緊張していることを、嫌でも認識してしまう。  陰山は拳を強く握りしめた。    俺は何をこんなに緊張しているんだ。怖いのか?こんなことを言って、朝比奈になんて言われるのか、怖いのか。 「昔から、幽霊とか悪霊とか‥そういうのに好かれやすかった。別に、俺が望んだ訳じゃない。‥道を少し歩くだけであいつら、勝手に寄ってくるし。寄ってこられたら、追い払えないし」    なんだそれ、キモい、お前頭おかしいんじゃねーの?幽霊とか、中二病かよ、まじ引くわー、頭の中で朝比奈がそう言って笑う。    別に嫌われたっていい。そう思われたっていい。元から朝比奈のことは苦手だし、何を言われたって、避けられたって、別にどうとも思わない。昔から色んな奴らに同じようなこと言われてきたじゃないか。そうだろ、なのに、何を今更‥。 「だ、だからつまり、さっき俺が呼吸ができなくなったのは、病気とかそんなんじゃないってことだ。俺に取り憑いてる、幽霊がやったってことだ。いつもと感じが違うから少し驚いただけで‥大したことない」  さっきまで何を言っていいか分からなかったというのに、一度話し出すと止まらなくなった。まるで塞き止められていた水が溢れるように、言葉が次々と口から出てきた。 「なんて、信じられないだろ、どうせ。幽霊なんて、普通の人間には見えないし。‥こんなこと言ってキモいって思うだろ。分かってる、そんなの。いや別にどう思われたっていい。お前にどう思われても、俺には別に関係ないし。キモいならキモいで、引かれたって別に‥」 「陰山」  朝比奈の静かな声が、陰山の言葉を制した。  どきん、と陰山の心臓が跳ね上がる。  お前、もう黙れよ、気持ち悪い、朝比奈の冷たい声が脳内で再生される。  しかし、朝比奈から出た言葉は、陰山が想像していたものとは全く違うものだった。 「すごいな、お前」 「‥は?」  陰山は振り返り、朝比奈の顔を見た。  そこには、陰山の想像していた冷たい目も、馬鹿にしたような笑顔も存在していなかった。あったのは、心配そうな表情を浮かべる朝比奈だった。    
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