那須に来るのが那須かしい

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那須に来るのが那須かしい

「わかりました。矢板(やいた)駅の改札を出たところで待ち合わせですね。何口(なにぐち)ですか? あっ、改札一つですか。カーキ色のコートでピンクのマフラーで黒いリュックをしょって行きます。はい、よろしくお願いします」  私は地元の埼玉で派遣会社に登録した。すぐに栃木の矢板(やいた)市の工場の仕事を紹介された。  栃木なら埼玉のすぐ(うえ)だから実家に近くて良いだろう。派遣切り等、何かあってもすぐ戻ってこれる。  大宮からJR宇都宮線で矢板駅を目指す。宇都宮駅からさらに北に来ることになるなんて思ってもみなかった。  電車の窓から景色を見る。一駅がやたら長くてちょっと不安になる。  矢板市は那須に近いみたいだ。地図を見たら那須塩原市の(した)にあった。 『初めて来たのに那須かしい(●●●●●)』って中一の林間学校の時、担任の先生がダジャレ言ってたな。そうか、私が那須に来るのは中学以来か。  担任のつまんないダジャレを覚えていたお陰で、自分が那須に来るのは十四年ぶりだと分かった。  私は26歳でこれから人生初めての一人暮らしが始まる。私は根性が無くて仕事が続かない。実家を出て一人暮らしすれば続けられるかもしれない。  宇都宮駅から30分で矢板駅に着いた。電車を降りる時に出入口のドアの「開ける」のボタンを押すのを忘れそうになった。これを押さないとドアが開かない。危うく隣りの駅まで行ってしまうところだった。乗り慣れない線の電車はとまどう。 「寒っ」  ゆるめていたマフラーを巻き直した。ちょっと寒い。もう12月だし、こっちは福島に近いからかな。  大宮から片道約2時間、約2千円で着いた。 「大宮さんですか?」  ロータリーに停まっていた車からスーツを着た男性が出てきて話しかけてきた。 「はい。大宮から来ました。大宮樹乃(おおみやじゅの)です」 「はじめまして。派遣会社ヤイタリンゴの大田原(おおたわら)です」と名刺をくれた。  派遣会社ヤイタリンゴ……もっと派遣会社っぽい名前にすればいいのに。求人広告を見た時も焼きりんごの会社かと思った。 「よろしくお願いします」  それから大田原さんは私を派遣会社の事務所に連れて行き、派遣先の工場の仕事の契約内容の確認と、私が住むアパートの説明をしてくれた。
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