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スーパーの食材コーナーに寄ってから、花立市営アパートに帰宅する。二年前に妻に先立たれ、今は独り暮らしだ。
スーパーで買った味つきで具材セットを煮込む。煮るだけで簡単に鍋料理を作れる。質素に夕食を済ませた。
翌日の朝、アパートの自室でトーストを食べながら、朝刊を開く。新聞の地域面にある小さな記事が目にとまる。見出しは、“新・花立駅にリニア特急がやってくる”だ。花立市が、三州鉄道にタワーと土地を売却したのだ。三州鉄道は、老朽化した花立駅の耐震補強工事より、建て替えをすることにしたのだ。
花立タワーを取り壊す方針だ。
従来線に加えて、高速を出せる、超電導リニアを採用した特急を、乗り入れ可能にするのだ。花立市が発展するには、在来線に加え、リニア特急の導入には、龍も賛成だった。
しかし、今の花立駅と花立タワーを壊すとなれば、話は別だ。
記事に目を通せば、三州鉄道は、花立駅の敷地を広くしたいそうだ。新築の花立駅を花立タワー跡地に建設するつもりでいる。
令和××年に完成予定と、三州鉄道の会社コメントも書いてある。
龍は、地元の工務店に定年まで勤めていた。
工務店で新人だった頃、花立駅と花立タワー両方の工事に、下請けの工務店の一員として参加していた。故郷、花立市の繁栄に役立った誇りがあった。
新聞を手にしながら呆然としてしまった。若い頃の思い出が崩れ去る衝撃から、約一時間で立ち直れた。
花立タワーに、朝早く、仕事用の軽ワゴン車で向う。まだ、幹線道路も車が少ない。花立駅と花立タワー共用の駐車場で、車を降りる。
そびえ立つ花立タワーに早足で向う。一階正面玄関で、プラスチックチェーンを外す、複数の守衛に詰め寄る。
「どうして、昨日、花立タワーがなくなることを、教えてくれなかったんですか?」
「え、無くなるんですか?」
女性守衛は悲鳴に近い声を上げながら、顔色が変わった。龍が花立駅のガード下にある、コンビニで朝刊を買い求めて、肩で息をしながら、舞い戻る。守衛達に渡す。守衛全員が方を寄せ合いながら、新聞に見入っている。
「花立市シルバー人材センターから、何も聞いてないわよね?」
龍が素っ頓狂な声を出す。
「みなさん、シルバー人材センターの方だったんですか?」
「はい、守衛全員、シルバー人材センターから派遣されています」
花立タワーはかつては、多くの貸し店舗が入居していた。建物の老朽化に伴い、大家の花立市が賃貸契約の更新をしなくなった。入居していた店舗は、近くに移転したり、閉店してしまった。
「みんなで署名を集めて、市長に売却を撤回させましょう!」
守衛達は互いに顔を見合わせていた。咳払いをしてから、一人が口火を切る。
「市に楯突いて、仕事が回ってこないと困るよね」
龍も守衛達と同世代である。龍は年齢に比べ、体力があるのだ。年金だけでなく、家電取り付け工事業者をして生計を立てている。
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