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令和×年十月一日。
「小野寺さん、今日が花立タワーの営業が最終日となってしまいました。申し訳ないです」
「今まで、メンテンスありがとうございました」
龍は守衛達と握手を交わす。守衛に混ざるスーツ姿の市民課長に気がつかない振りをした。
最終営業日は日曜だ。広い一階ロビーは閑散としており、人はまばらにしかいない。
高校が休みの朱里がエレベーター近くの壁で、背中を預けて立っていた。
龍が朱里に近づけば、頬が綻び、皺が深くなる。
「おじいちゃん話違うじゃん。お昼ご飯、回転寿司でおごってくれるって言うから、軽ワゴンに乗ってついてきたのに。お寿司屋さん、11時の開店に行かないと、待たされるよ。わたし勉強忙しいの……」
朱里は自身の腕時計に視線を落している。両親が共働きで、自宅で留守番しながら、勉強をしていた朱里を訪ねたのだ。
服装は学校名が胸に入ったポロシャツの上に、私服のジャンパーを羽織っている。ズボンは学校指定のジャージだ。腕時計の針は、11時少し前を指している。
不機嫌顔の朱里と一緒にエレベーターの扉前に立つ。エレベーターのドアが開けば、小走りで市民課長が走ってきて、”開”のボタンをロビー側から押していた。
「ありがとうございます」
朱里がはきはきお礼を述べながら乗り込んだ。一緒にいた龍は、さっきの課長に対する態度は、大人げなかったのを反省していた。
屋上で降りれば、キャンパスに描かれたような、秋空が青く広がっていた。コンクリートの床の照り返しもあり、暑さで朱里はジャンパーを脱いで、手で掴んでいた。
龍は、足取りが重い朱里と、手すりまでにじり寄り、公園のもみじを指差す。
「紅葉がきれいだよ」
「学校にも、もみじ植えてある。落ち葉を掃除させられる生徒の立場にも、なって欲しい」
線路を青い電車が走って来る。花立駅のプラットホームに滑り込んで、停車している。
「電車、子供の頃、おじいちゃんと電車で、デパートや遊園地に行ったね」
「デパートも遊園地も廃業したよ」
龍は、悲しみで視界が滲みそうだ。朱里が、祖父の表情で、はっと我に返った。茶目っ気たっぷりに顔の横でチョキをしている。
「でも、紅葉きれいだし、デパートや遊園地楽しかった! ねえ、おじいちゃん写真とってよ」
その瞬間、はしゃぐ朱里を撮影した。
「じゃあ、朱里ちゃん、おじいちゃんがもっと、写真を撮って上げよう」
「“ちゃん”づけで、呼ばないでって、前にも言ったでしょう。おじいちゃん写真見せてよ」
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