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朱里がカメラの液晶モニターを覗く。自らのウエストを見下ろすようにしながら、ポロシャツの胸ポケットに小野寺と記された名札を外す。マジックテープ方式で取り外し可能だ。防犯上の理由で、学校敷地外で名札は、外すよう、教師から口を酸っぱくして言われていた。
「洗濯するつもりで、名札外すの忘れてた。外して洗濯機で洗うと、毛玉がマジックテープに引っ付いて、取るのが大変なんだ」
「おじいちゃんが悪かった。ごめんね」
朱里はジャンパーに腕を通してから、ジッパーを上げ、上半身を覆う。四角い屋上の隅を大股で歩く。
龍は必死になって、孫の写真を撮影していた。歩く速度にカメラが追いつかず、花立タワーからの風景写真ばかりになってしまった。
屋上を一周した朱里は龍の前で、また、手首の腕時計をチラチラ見ている。
「おじいちゃん、もう11時過ぎてる。お寿司屋さん行こうよ」
「分かった、分かった」
二人はタワーを後にした。
花立駅近くの回転寿司店は人でごった返していたが、空いていたテーブル席で待たずに座れた。対面で座る朱里に、龍が半ばテーブルに手をつき、身を乗り出していた。
「朱里、好きなだけ食べていいからね」
「うん! ありがとう。いただきます」
龍が食べ終える前に、朱里が数枚の色取り取りな皿を重ねてから、手を合わせている。
「ごちそうさまでした」
「え、もっと食べていいよ」
「もうおなかいっぱい」
龍も、デザートの杏仁豆腐を食べ終えた。レジでの支払いは龍だ。朱里の皿は、価格の高い皿ばかりだった。
龍は朱里を自宅で下ろしてから、また、花立タワーに舞い戻る。夜の営業時間終了まで屋上に佇んでいた。一階正面玄関まで、市民課長の案内つきだ。玄関の扉が閉まる音がしたが、振り向けなかった。
アパートに帰宅した。急いで朱里が映っている写真を選ぶ。どれも映りが良い。厳選した十枚ほどを、朱里にメールで送信した。
返事のメールがスマホに着信した。
『ごちそうさまでした。お寿司おいしかったよ。また連れてってね。写真ありがとう。あと、おじいちゃん、わたしが映ってる画像、ネットに流出しないよう全部消去しておいてね』
パソコンデスクに龍は突っ伏す。
「悲しいな」
やり場のない、八つ当たり近い、怒りも込み上げてきた。
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