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「は?」
「ちらっと聞こえましたけど、さっき先生白崎さんを怒鳴ってましたよね。白崎さんは何も悪いことしてなかったのに」
「それは…白崎が課題を忘れたんだと思って注意してたんだ」
「そうですね。でも、だったら謝るべきですよね?白崎さんに」
「なに…」
「悪いことをしたらごめんなさい、です。こんなの、幼稚園児でもできますよ」
なに、この人。すごい…アタシが言いたかったことを、こんなに簡単に…!
先生は向き直り、小さく頭を下げた。
「…すまなかった、白崎」
「い、いえ…」
「それから野次馬の皆も。」
今まで面白がりつつ見ていた周りが、ビクリと反応する。
「なんでしれっと白崎さんが悪いって決めつけてたの?めっちゃ悪口ばっか聞こえたけど」
「…援交とかしてるんじゃ自業自得じゃん」
「援交してるの?白崎さん」
「そ、そんなことしてないわよ…!」
「だってさ。事実確認もしないで悪口言う方がキモくね?つーか、仮にしてたとしても課題のことと関係ないじゃん」
すごい。
ただただ、そう思った。どうして物怖じせずに、こんなに堂々といられるのかしら…しかも、話したこともないアタシのために。
「ていうか、ずいぶん皆見た目のこと言ってたけど、白崎さんめっちゃ美人じゃん。メイク上手いし、金パ似合ってるし」
「染髪もメイクも校則で禁止されてるぞ!」
「あ、先生。まだ居たんですね」
「な、なに…!」
「ていうかそのわりに先生、私のメイクとかカラコンはいつも見逃してますよね」
「え、そうなんですの!?」
「まーうちの学校てそういうとこだよね。だから入ったんだけど」
「どういうこと…?」
目の前の女の子はアタシの問いには答えないで、先生に向き直った。
「第一、髪を染めることの何がいけないんですか?」
「っ…、学生は学生らしくと、いつも言っているだろう…!勉強するのに髪を染める必要はない!」
「いや、意味わかんないです。日本て多くの仕事で金髪とか禁止されてますよね?お客様の信用がどうとか言って。だったら学生のうちに染めようって考えがあるの当たり前じゃないですか?メイクなんて、社会人としてのマナーとか言われてるんだから今から予習して何が悪いんですか?ていうか、確かに勉強するのに髪染める必要ないですけど、逆に髪染めても勉強はできますよね?」
「それは必要のないことはするなという意味で…」
「え、じゃあ娯楽も禁止なんですか?YouTube見るなとかお菓子を食べるなって校則ありませんけど」
「い、息抜きは必要なことだ!」
「そうですよね。じゃあオシャレが息抜きなのがダメなのは何故ですか?」
いつも何を言っても屁理屈で返してくる先生が口をパクパクさせて黙っている。この子何者なのかしら…まさかドラマでよくある理事長の娘、とか?
「いいです。どうせ学校の評判のためですよね。でも私は学校の評判なんてどうでもいいです。さらに言うなら髪の色くらいで批判する世間の方が考え方を直すべきだと思ってるし、そんな世間の風潮を良しとしてる教育もおかしいと思います」
「…何がおかしいんだ」
「だって、あれほど皆仲良くとか差別はダメ、平等にとか言っておいて、平気で染髪差別してるじゃないですか」
染 髪 差 別
その言葉に、妙にしっくりときた。
アタシも、アタシの友達も、今までこの見た目で散々好き勝手言われて、嫌なものをみる目で見られてきたわ。それはまさに、差別されていると言えるほど。
「見た目がチャラくても行動は礼儀正しくて勤勉で素直な人だっています。なのに染めてるってだけで色眼鏡で見られんの、おかしくないですか?」
「そ、そうよ…アタシ、確かにこんな見た目だけど、頭も悪いけど…でも、課題を忘れたことなんてないわ!料理も洗濯も、バイトだって努力してるのよ!掃除はちょっと苦手だけど、毎日頑張ってる…それなのに…」
「おー、ストレスたまってんね、大丈夫?」
ハッとして、急に恥ずかしくなった。やだ、アタシったら…こんなの不幸自慢みたいで格好悪いじゃない。美しくないわ…。
「ご、ごめんなさい…大丈夫よ」
「そ?じゃあ私帰るね」
「えっ、ま…」
「あ、そうだ最後にもう一個。先生。」
いつの間にか帰ろうと背を向けていた先生が動きを止める。なに黙って逃げようとしてるのよ、本当に美しくない男…。
「今の先生の行動だと、こういう教えになりますよ。“人をいじめてもいいけど、髪は染めるな”…や、こう言った方がいいかな。“勉強さえできていれば何をしてもいい”…現に私、注意されたことないもん」
「…」
「ま、私的には楽でいーんだけど。じゃ、バスの時間なんで」
女の子がそう言って去っていくと、他の人たちも時計を見て慌ただしく動き出した。そんな中でアタシは、呆然として動けずにいた。
なんだったの、今の…。見ず知らずのアタシのために…ていうか、あの子先生にあんな口の聞き方して大丈夫なのかしら…?
「今のあれだろ、アマミヤ…」
「え、アマミヤって学年一位の?」
「そ。やっぱ天才って頭おかしーのかな」
「言えてる。でも確かにうち学力第一だからな、勉強さえできてりゃ何も言われないじゃん」
「あー確かに」
アマミヤ…アタシだって、ずーっと学年一位とり続けている有名人の名前くらい知ってるわ。
そんなことより、ねえ、アタシまだアナタに、お礼も言ってないのよ…!
名前はそう、確か…。
「天宮梓さん!」
「ん、なに──って、白崎さん。どしたの、そんな急いで」
「あ、あの、ありがとう…さっきの、先生にも、周りの野次馬にも…すごく嬉しかったわ、あんな風に言ってくれた人、初めてだったもの」
「別に、白崎さんのために言ったわけじゃないよ。自分が思ったこと言っただけ」
「そ、そうだとしても…!先生にあんな風に言って、内申とか…」
「そんなの別に。第一、学校は自分達の“合格率”を上げたいから、大学にしろ就職にしろ相手にはその生徒の“良いところ”しか伝えないからさ。普段の素行なんてどうでもいいんだって。私は学年一位っていうアピールポイントがあるわけだし」
「え、そ、そういうものなの…?」
「たぶん?」
「たぶんって…!」
「私そういうの、どうでもいいから。気にしないでいーよ」
淡々としていて笑顔もみせない、なんだか捉えどころのない人…。でも、すごく強くて、かっこいい…
「…アタシ、本当に感謝してるわ。だから何か、お礼をさせてほしいの。アタシにできることだったら、なんでも」
「えー…別にそんな…」
少し面倒くさそうに皺を寄せた彼女だったけど、フとアタシの髪に目をとめて。
「あ。そういえば私、髪染めてみたいんだけど」
「え…」
「特に色とかはどんなでもいいんだけど、安くて上手いとこ知らない?」
「そ、それなら…!」
ゆるふわの金髪がキラキラ光る。ビューラーで睫毛をカールして、アッシュカラーのマスカラ。コンタクトはお気に入りのピンクブラウンで、今日の気分はローズピンクのリップ。最後にローズの香水をつけて…今日のアタシも、やっぱりキレイ。
…それなのに相変わらずな周囲の視線。電車を待っているだけで聞こえる悪口、乗っても感じる悪意の視線。
学校につけば、あれから表立った嫌がらせはなくなったけど相変わらず続く陰口。
だけどいいのよ、アタシはこの姿のアタシが、最高に好きだから。
「…あ、あの髪」
青のハイライトカラーを入れたダークグレーのロングヘアが靡いている。アタシはその後ろ姿に駆け寄った。
「天宮さん、おはよう!」
END
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