空気読んでこ。

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「すんません、田宮祐太です。妹の迎えに来ましたー」 「あらーお兄さんいつも偉いわね。みゆちゃーん、お兄さんお迎えに来たわよ」  年の離れた妹のお迎え。共働きの両親に代わって、俺が行くのが当たり前。子供は純粋で、素直で、この瞬間は何も考えずにいられて楽だ。 「あ!おにーちゃん、電車きたよー!」 「おーちょうどよかったな!」  乗り込んで空いてる席を探す。あ、一席空いてる…けど、あのお婆さん座るよな。周りも道空けてるし。みゆも掴みやすい手すり確保っと。 「あー!あのおばあさんの席とられちゃったよ!」 「え?」  見ると、絵に描いたようなDQNが足を広げて座っている。うわーマジかよ、人としてどうなの…。 「おにーちゃん、あのおにーさんだめだよ!みゆ、幼稚園でならったもん!」 「そ、そうだね…」  でも、周りはみんな見て見ぬふり。そういう空気。ここは何も言わないで、むしろ今座ってる誰かがあのお婆さんに席譲るのが正解じゃね?周りも何となく察してる風だし、みゆの手前、誰かはやく席譲ってくれ…! 「すみません。そこの席譲ってもらえませんか?」 「は?」 「お婆さんのために空けてた席なので」 「や、意味わかんねーし。空いてたから座っただけだけど?だったら荷物でも置いて席とっとけや」 「確かにそうですよね。まさかここまで空気を読めずマナーもなってない人が居ると思ってなかったので。勉強になります」 「なっ…!」  やべ、あの子、やばい!!色んな意味で!!つうか同じ制服だし…いや、でも何あの髪色、灰色?青?え、なにDQNの知り合い?? 「てめ…ちょっとかわいい顔してるからって舐めんなよ」 「お、立った。譲ってくれるんですね~ありがとうございます」  DQNが女の子の胸ぐらを掴むと、さすがに周りがザワザワし始めた。その視線に耐え兼ねたらしく、DQNが舌打ちして手を離す。なんつー小者感…。 「あ、あとさ。そういうマナーなさすぎる行為、迷惑だからやめてくれません?同じように金髪にしてる人の評判まで下がるんですよね、ホント迷惑」  うわ…すご。DQNはわなわなと震えながら降りていった。カッコ悪…。つーかなにこの空気、お婆さんも座りづらいじゃんな。本末転倒じゃね…? 「お騒がせしてすみません。どうぞ、お座りになってください」 「まあ、お人形さんみたいなお嬢さんね~ありがとうございます」 「いいえ。それじゃ」  そして次の駅で女の子も降りていった。周りがコソコソ話している。 「めっちゃカッコよかったねー!」 「ねー!ドラマみたいだった!」 「ギャルめっちゃいい子だったな」 「ギャルvsDQNとかうける」  あ~いるよね、ああいうタイプ。空気なんか読まなくても、自分で空気を作れちゃうような…。 「いな…」 「あのおねーさん、かっこよかったねー!」 「えっ!?あ、うん…そうだね」 「髪の毛もかれんちゃんみたいでキレーだった~!」 「かれんちゃん?」 「プリティア!かっこよくてかわいいんだよ!!あのね、みうね、青色が一番好きなんだあ」 「そっか~青色キレイだよね」 「うん!おにーちゃんはなに色が好きー?」 「え、俺?俺は…」  あれ  俺って  何が好きなんだろう…? 「おーすユータ!おはよ!」 「はよー」 「なあ、昨日のLINEさ~…って!」 「うわ、“じゃない方”の橋本じゃん」 「ちぇ~せっかくならあっちの橋本さんがよかったのに、最悪」  え、そんまま去っちゃう感じ?橋本さんに謝んないの?橋本さんなんか落としたっぽいけど…。 「おい、ユータ?置いてくぞ~」 「…っ、ま、待てよ!」  さすがに謝りもしないのは、人としてどーなの…っ。 「ユータ?」 「どうしたん、怖い顔して」  ああ。  みんなの視線が、声が、空気が、刺さる。  ドクンドクンと、動悸が── 「──置いてくなって!今くしゃみ出そうだったのに~」 「あはは、なんだよそれ!」 「引っ込んじゃった?ははは!」  ダメだ。やっぱ俺には、無理。  ごめん、橋本さん──。  あれ。あの子、昨日の…!  ちらと後ろを見ると、昨日も見た灰色のような青のような髪の女の子が橋本さんに声をかけていた。  昨日も、今も、あの子はどうして… 「…ごめん、俺トイレ寄ってくわ!」 「お~?うんこか~?」 「朝からやめろし!あはは!」  あ、やべっ名前とかわかんね…えっと、 「あ、あの!青い髪の!!」 「ん、私?」 「そう!えっと、急にごめん…あ!俺、田宮祐太っていいます!A組の!」 「どーも。私になんか用?」 「え、えっと…」  なんだこの人…絡みにくっ。つうかこの流れで名前教えてくんないんだ…。 「あの、俺、実は昨日同じ電車乗ってて。あの、お婆さんに席譲ったの!すごかった!」 「え?ああ…」 「それに、今も橋本さんにすぐ手を差しのべてたし…すごいよね、ホントに…」 「何が?橋本さんて誰?」 「え、」 「何がすごいの?てか、何が言いたいの?」  こっわ!無表情こわ!!え、つうか俺ってこんなコミュ障だったっけ…? 「か、髪!何でその色にしたの…?」 「別に…髪染めたいなと思って、お任せにしたらこんな感じになった」 「あ、青が好きとかじゃないんだ?」 「んー?青は好きだよ。髪色とは関係なしに」 「そ、そうなんだ」 「田宮は?青好きなの?」 「え!?いや、俺は…別に…」 「ふうん。じゃあ髪染めたいの?」 「や、そういうわけでも」 「じゃあ何で私に話しかけてきたの?」 「俺は…ただ、かっこいいなと思って」  そうだ、俺はどうしてこの子に話しかけたんだ。その理由をちゃんと言わないと。 「俺、昨日の電車でも、さっきの橋本さんのときも、ただ思ってるだけで何一つ言葉にも行動にもできなかった。だから、どうしたらそんな風にできるのかと思って」 「え~別になんも考えてないよ。私がそうしようと思ったからしただけ」 「でもさ!思っても、行動にうつすのって難しくない?その場の空気とか、周りの目とか…」 「別に。他人の目とかどうでもいいし」 「そ、そっか…」  やばい、そもそも生き物としての考え方が全然違った…!この人、あえて空気を読まないタイプなんだ…。 「…私だって空気くらい読むよ」 「え!?」 「や、そんなエスパー?みたいな目で見ないでよ。集団のなかで生きてるんだから、そりゃ空気くらい読むって」 「え…でも、じゃあなんで?」 「昨日の電車は空気読んだからこそああしたの。誰か別の人が席譲ればいい話だったけどそうする気配もないし、誰もなにも言わなそうな空気だったから私が言うしかないんだなと思って。乗客、学生とか主婦ばっかりだったし。あとは単純に、ああいう奴のせいで見た目差別が進むのが嫌だったから」  ドキッとした。確かに俺も、いかにもなDQNって思っちゃったな…。この子のことも、最初は髪色だけ見て仲間とか思っちゃったし。 「さっきの…橋本さん?のは別に、空気どうこうじゃなくて人としてどーなのって話じゃない?落とし物が近くに転がってたから渡しただけ」 「お、おっしゃる通りです…」 「…田宮はさ、何のために空気読んでんの?」 「え…?」  何のためって、そりゃ和を乱さないため、皆と仲よくするため、空気を壊さないため…あれ、じゃあその空気ってなんだ?俺は、いったいどこに…。 「空気読んでるつもりで、結局楽な方に逃げてるだけじゃねぇの。“空気読んで俺がDQNに立ち向かう”選択肢もあったわけじゃん」 「…」 「橋本さんのに関しては一回立ち止まってたじゃん。自分殺してまで空気読みたいの?皆と同じがいいの?なんかそれって、田宮空気みたいだね。どこにいてもわかんないわ」  どこにいてもわかんない。  そんなこと…いや、でも確かに俺は、何がしたいんだろう。  みんながアイツうざいって言ったらそれに合わせるのが“正解”なのか?罪悪感とか違和感とか、そういうの全部無視して?皆の反応とか空気見ながら自分の返事探して…あれ、それって、じゃあ俺の本音はどこにあるんだろう。俺って、何がしたいんだろう…。 『おにーちゃんはなに色が好きー?』  ホントはあの動画、俺には面白さがわかんなかった。  あのアイドルは、ぶっちゃけ可愛くもないしブスでもないと思う。  ホントは日本史けっこー好きで、授業もわりと聞きたい。  あのゲームはイベント参加するほどガチじゃないけど、皆とやるのは楽しい。  そんで俺は、赤が好き。だって、ヒーローはやっぱ赤だろ。 「田宮は、何のために空気読んでんの?」  そんなの決まってるだろ。みんなに嫌われないように、みんなと楽しくできるように、あれ、でもその“みんな”って── 「…俺、みんなで仲よくしたい。誰かを嗤ったりすんじゃなくて、純粋にみんなで楽しみたい」  でも、そんなのできんのかな…。 「それで空気読んで、お前は楽しいの?」 「え…」 「みんなで楽しみたいってさ、お前が言うみんなに自分は入ってないわけ?」 「俺、は…楽しいよ。みんなとゲームして、たまに授業サボって…」  でも、みんなで笑うその裏で、俺は何度作り笑いをしただろう。  電車内で目をそらしたあのとき、俺はみゆの目が見れなかったし、誰にも知り合いに会いたくないと思った。だって、かっこ悪いことしてるから。  橋本さんを置き去りにしたあのとき、少しも笑顔になれなかった。だってもし、俺が橋本さんの立場だったら辛いから。  そんな風に、みんなと過ごす本当に楽しい時間も、こんな嘘の積み重ねで、かすれてしまうんだろうか。 「空気は読むんじゃなくて吸うもんだし、作るもんでもあるだろ」 「え…」 「たまには読んでばっかじゃなくて、空気作る側になれば?」  はは、やっぱかっこいい。  そんなの、最初からできたら苦労しないって。 「ユータ!帰りゲーセン寄ってこーぜ!」 「え~また?俺、帰って課題やりたいんだけど」 「なんだよ、ユータちゃん真面目~」 「お前らなあ…また見せてっつっても見せてやんないからな!」 「えー!ごめんて!!許してユータ様~」 「…ったく…一戦だけな」 「わーい!なんだよ、結局ユータも行きたいんじゃん!」 「最近のユータ反抗期だからな」 「お母さん悲しいわ~」 「誰がお母さんだ──って!」  ドン、と肩がぶつかったのは橋本さん。 「あ、ごめん!よそ見してた、大丈夫?」 「えっあ、大丈夫…」 「おーいユータ、そんなの放っといてはやく行くぞ~!」 「そんなのってお前らなあ!だから彼女できねぇんだよ!」 「うるせー!ユータもいねーじゃん!」  相変わらずキャハハっと楽しそうに笑うアイツらの背中を追う…前に足元に気がついた。 「ん、生徒手帳落ちてた!ホントごめんね!」  そして走って皆のもとに合流する。 「あーあ、はやく彼女ほしいな~」 「お前童貞だもんな」 「なっ…そ、そんなこと言ったらユータだって!」 「や、俺1年のとき彼女いたから」 「なっ…この裏切り者ーー!!」 「あはは!そろそろ彼女作ろっかな~」  んーー俺しばらくは彼女とかいらないんだけどな…。今はこの男のノリが楽しいし。まあでも、それじゃ白けるしな。 「華のある青春送りたいよな~!」  空気読んでこ。 END
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