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 そんな感じで短時間にも関わらず学生たちに絶え間なく話しかけられる多久森さんだったので、こちらとしても慣れてきて眠くなり大あくびをしていると、突然事件は発生した。 「何読んでるの?」  まだ途中だったあくびを無理やり押し込めると、声の聞こえた方向に慌てて顔を向ける。  これはしまったぞ、話しかけてきたのは例の多久森さんだった。私の目がおたまじゃくしのように泳ぐ。  (ナニヨンデルノ?)  その言葉の意味を理解するのに多少の時間を要し、おたまじゃくしが三往復くらいしたが、多久森さんは急かすようなことは一切しないで、ちょうどよい笑みを浮かべたまま口角を動かさなかった。 「これのこと?」  私はやっとのことで、手に持つ文庫本を少し上に上げて聞き返した。 「うん、それ」 「樋口一葉の〈たけくらべ〉だよ」 「うっそ、そんなの読む人いるの」  多久森さんは大きな目をさらに大きく広げた。
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