3人が本棚に入れています
本棚に追加
※※※※
気がつくと、私は橋の上にいて。
裕介に抱きしめられていた。
「…………」
ああ、また覚えてない。
また記憶が消えている。
私はゆっくり目を閉じて、知らずに流れていた涙を指で拭う。
何故、泣いたのかも私にはわからない。
裕介には、私が時々記憶が消える事があると、全て話してある。
もう一人の私から戻る時、切り替えが上手く出来なくて時々変なことを言ってしまうが、裕介なら全て理解してくれている。
普通に話し出しても良かったのだけれど。
それでも、何故か今だけは言葉を発してはいけない気がした。
何故だか、今だけは……。
「── 知ってる? この近くには、昔、炭鉱があってね。今はとっくに閉山してるけど。
鉱夫はみんな、道すがらこの橋を渡って山へ入っていったんだって。
当時は事故も多かったから、家族が最後に見たのがこの橋の上、ってこともあったみたい。
だから想い出橋。
さよなら橋じゃない。
想い出橋」
まるで歌うように、裕介がそう言う。
意図は分からなかったけど、どこか頭の中で何かが繋がった気がした。
裕介の広い背中を、後ろに回した手で子供にするようにゆっくり撫でる。
河から流れ込む、秋の冷たい風が通り抜けた。
「大丈夫。知ってたよ。裕介は……私じゃなく、もう一人の私が好きだったんだね」
私が裕介を好きだったように、裕介は私の中にいる別の人を好きになった。
そして何かの理由で、もう一人の私は消えていった。
だけど想い出橋。
橋は人の想いを繋ぐもの。
さよならじゃなくて、消えるのではなくて。
大切な人が生きた想いは、相手の心の中で消えずに生き続ける。
私の背に回した裕介の腕は、少し震えて。
まるで、一人泣いているようだった。
夕暮れの想い出橋の上。
ただ二人黙って寄り添って、お互いにお互いを長い間温め合ってそこにいた。
fin 2019/10/30
最初のコメントを投稿しよう!