想い出橋

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※※※※ 気がつくと、私は橋の上にいて。 裕介に抱きしめられていた。 「…………」 ああ、また覚えてない。 また記憶が消えている。 私はゆっくり目を閉じて、知らずに流れていた涙を指で拭う。 何故、泣いたのかも私にはわからない。 裕介には、私が時々記憶が消える事があると、全て話してある。 もう一人の私から戻る時、切り替えが上手く出来なくて時々変なことを言ってしまうが、裕介なら全て理解してくれている。 普通に話し出しても良かったのだけれど。 それでも、何故か今だけは言葉を発してはいけない気がした。 何故だか、今だけは……。 「── 知ってる? この近くには、昔、炭鉱があってね。今はとっくに閉山してるけど。 鉱夫はみんな、道すがらこの橋を渡って山へ入っていったんだって。 当時は事故も多かったから、家族が最後に見たのがこの橋の上、ってこともあったみたい。 だから想い出橋。 さよなら橋じゃない。 想い出橋」 まるで歌うように、裕介がそう言う。 意図は分からなかったけど、どこか頭の中で何かが繋がった気がした。 裕介の広い背中を、後ろに回した手で子供にするようにゆっくり撫でる。 河から流れ込む、秋の冷たい風が通り抜けた。 「大丈夫。知ってたよ。裕介は……私じゃなく、もう一人の私が好きだったんだね」 私が裕介を好きだったように、裕介は私の中にいる別の人を好きになった。 そして何かの理由で、もう一人の私は消えていった。 だけど想い出橋。 橋は人の想いを繋ぐもの。 さよならじゃなくて、消えるのではなくて。 大切な人が生きた想いは、相手の心の中で消えずに生き続ける。 私の背に回した裕介の腕は、少し震えて。 まるで、一人泣いているようだった。 夕暮れの想い出橋の上。 ただ二人黙って寄り添って、お互いにお互いを長い間温め合ってそこにいた。 fin 2019/10/30
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