39人が本棚に入れています
本棚に追加
私があの人とふたりきりで会えるのは、いつも朝焼けのこの時間。
この時間。
この時間だけ。
あの人は携帯電話を持っているけど、私は持つことが許されない。
私は、親の言いつけのまま、街から隔離されたこの修道院女学校に入学した。
院則が厳しい修道院女学校の寮生活では、制服はもちろん、寝衣も統一されている。
だから、
携帯電話の持ち込みも、当たり前のように禁止されている。
この修道院女学校で許されている芸術は、絵画か音楽のみで、入学時にどちらかを選ぶ。
私は音楽を選んだ。
だから、私にとって、この修道院女学校では音楽だけが唯一の娯楽でもあった。
ピアノだけが唯一の楽しみだった。
あの日までは・・。
あの人を好きになったのは、私の方からだった。
あの日の音楽の時間で、
あの人は、私の演奏を聴いてくれた。
ピアノで演奏した、フォーレ作曲の舟唄の1番を、とても誉めてくれた。
『水に浮かぶ街並みの中をたゆたうゴンドラ。
櫂を漕ぐ毎に砕けて広がる水面が、街並みを揺らす。
その情景が浮かぶようだった。
とても美しい表現だった。』
そう、言ってくれた。
私にとって、ピアノは演奏できて当たり前だった。
幼い頃から練習していたから当然だ。
でも、自宅で過ごしていた頃は、誰も誉めてくれることはなかった。
だから、嬉しかった
すごく嬉しかった。
最初のコメントを投稿しよう!