まだ彼を知らない。

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 * 「なんでそんな事言った?」  彼氏が車を持っている親友の尚が、パンケーキを切ろうした手を留めて、呆れた顔で私を見た。 「つい、ポロっと出ちゃって」  私は目の前の大大好物のパンケーキに、なかなか手を付けられなくて紅茶を一口すすった。 「麻衣は愛が分かってないねー、愛というものが」  尚が再びナイフとフォークを動かしながら、私をリングのロープ際に追い込む。 「尚、また意地悪言う」   「じゃあ例えば、麻衣の目の前に車を持っててお金もいっぱい持ってる男が現れました。男は麻衣に気があるみたいなの。さあ、どうする。その男に乗り変える?」    尚の容赦ないパンチが飛ぶ。 「……なワケないじゃない」 「でしょう?」 「私は車なんて無くてもいいから賢ちゃんと一緒にいたいだけ」 「そう、それが愛なのです。車がなかったらなかったで二人で出来る事で楽しむ。二人一緒にいる事、それが二人にとって一番大事な事……そうでしょ?」 「わかってる、わかってる、わかってる」 「だよね。麻衣は分かってるんだよね。じゃあここは──私が一肌脱ぎましょうか」 「ほんと?」 「うん、賢君に麻衣の気持ち伝えてあげる」  尚と彼はニ三度会った事があるのだ。 「なんだか尚が、天使に見えてきた」  てっきりノックアウトされると思ってたのに。 「大丈夫、任せて」    尚は頼もしくそう応えるとニヤリと笑って「あれ?食べないの?では、いっただきー」と言って、私の手つかずのパンケーキに長い手を伸ばした。
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