前世の記憶

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「私もあの時の接触で前世記憶が蘇った。どうして風太が死んだのかも全部はっきりとね。風太の浮気に気付いた私が、半狂乱になって包丁を振り回して」 「止めようとした俺が自分で自分の腹を刺してしまった。そうだよな?」  ついにゴンちゃんも自分の最期を思い出したらしい。ゴンちゃんは一声呻くと、両手で顔を覆って項垂れてしまった。ゴンちゃんがなかなか思い出せなかったのは、自分が妻を裏切っていたという事実を認めたくなかったからかもしれない。  前世の記憶が蘇ったって苦しいだけだ。悔いの残る人生だったなら尚のこと。 「倒れた自分の腹部に突き刺さった包丁や、それを呆然と見下ろす千鶴の顔。そんな断片的な記憶しか取り戻せなくて、俺はてっきり妻の千鶴に殺されたと思い込んだんだ。そのせいで何となくのりちゃんと距離を置いてしまってた。のりちゃんが千鶴の生まれ変わりだということはわかってたから。もちろん俺はたとえ前世でのりちゃんに殺されたとしても、復讐なんて考えてなかったし、今は今なんだからのりちゃんと恋人のままでいたいとは思ってたよ?」 「じゃあ、なんであんな女の話を聞こうと思ったの? 家にまであげて」 「それはさ、まだ全部思い出せなくて、欠けてる記憶を思い出すヒントを彼女がくれるかもしれないと思ったんだ。でも、あいつの話ではあいつがストーカーだったことしか思い出せなかった。俺が……風太が浮気してたなんて!」 「風太は風太、ゴンちゃんはゴンちゃんだよ。風太はラーメン一つ作れなかったけど、ゴンちゃんは私より美味しく作れるじゃん」 「でも、のりちゃんは裏切られた千鶴の記憶と共に生きていく。俺と一緒にいる限り、のりちゃんの傷が癒えることはないんだ」  左手で隠したゴンちゃんの目から、一筋の涙が零れた。まるで二人の終わりを告げるみたいに。  その胸倉を掴んで、私は叫んだ。 「前世の記憶なんて関係ない! 本当かどうかもわからないんだから。仮に本当だとしても、そんなの長い夢みたいなもんだよ。嫌な夢を見て目覚めても、楽しいことがあればいつの間にか忘れるでしょ? それと同じ。風太の人生は終わったんだから、ゴンちゃんはゴンちゃんの人生を楽しまなきゃ。……もちろん私のそばでね」
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