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その翌日。
駅前に建っているビジネスホテルの一室で、大山は愕然となっていた。
電車の中で、十年ぶりに再会した高田敏行。その名前が、テレビのワイドショーにて報道されているのだ。
しかも、犯罪者として──
(今日の午前零時、会社員の高田敏行容疑者が、警察署に「人を殺しました」と言って出頭してきました。
警察官が自宅を調べたところ、中から妻の高田幸恵さんが遺体となって発見されました。幸恵さんは頭蓋骨を骨折しており、脳内出血が死因と見られています。警察は高田容疑者を、傷害致死の疑いで逮捕しました。
取り調べに対し高田容疑者は容疑を認めたうえで「以前から妻との関係がうまくいっておらず、日頃から口論が絶えなかった。この日も口論の末、かっとなり顔面を殴打したら死んでしまった」と供述しているということです。警視庁は、この殴打が脳内出血の原因となったものと見て、詳しく調べています)
アナウンサーの冷静な声を聞きながら、大山はテレビの画面を見つめていた。では、あの時……高田は、人を殺した直後だったのだろうか。
思い起こせば、確かに異様な雰囲気を醸し出していた。頬はこけ、げっそりとやつれていた。また、こちらを見る目には怯えたような色があった。
しかも、殺した相手は真島幸恵……いや、高田幸恵である。
かつて、大山や高田の友達だった女。三人で、一緒に遊んだことも覚えている。実は、大山のことを好きだったという話を、昨日初めて聞かされた。そして、高田が想いを寄せていたという話も聞かされた。
だが、高校を辞めた後は連絡すら取っていなかった。
(ここで、お前と会ったのは運命なんだろうな)
高田の言葉を思い出す。あの時、彼は晴れ晴れとした顔だった。憑き物が落ちたようだった。
もし自分と出会わなかったら、高田はどうしていたのだろう。
あのまま電車に乗り、どこか遠くに逃げていたのだろうか。
あるいは、自ら命を絶っていたか。
不意に、笑いがこみあげて来た。
ウンコを漏らしたことが原因となり、高校で晒し者になり自主退学した自分。一方、その原因を作った高田は……幸恵と付き合い、結婚した。だが、今は犯罪者としてニュースで晒し者になっている。
なんと皮肉な話なのだろうか。
高田に対する怒りは、今もない。ただただ、哀れな奴としか思えなかった。
「幸恵、お前がタカを狂わせたのか」
ふと、そんな言葉を呟いていた。あの時、同じ道を歩いていた三人。だが、いつのまにか道は分かれていた。三人の行く道は、もはや永遠に交わることはないだろう。
感傷的な気持ちを噛み締めながら、大山はベッドの上を見た。百枚で束ねた一万円の束が、綺麗に敷き詰められている。全部で、一億二千万円だ。これだけの量の金を、リュックで運ぶのは本当に大変だった。
経費節約のため、本当はネットカフェに泊まりたかった。だが、金の計算をするには狭すぎる部屋は不向きである。さらに、大金をリュックで運ぶ旅は予想以上に疲れるものだった。この疲れを癒すには、ベッドで眠る必要があった。最低でも、ビジネスホテルでなくてはならなかったのだ。
次は、飛行機の手配だ。出来るだけ早く、この国を出る。あとは、悠々自適の生活が待っているのだ。
もう、あくせく働く必要もない。
「タカ、お前は本当にバカだな。俺は、もっと上手くやる」
・・・・
「そういえば昨日、中村香っていう人が森の中で白骨死体で見つかったってニュースやってたじゃん。その人、ウチの施設のお客さんだったんだよ」
「えええ……白骨死体って、なんか怖いね。サスペンスドラマみたい」
「その中村さんだけどさ、家に財産を隠してたって噂だったんだよ。一億円以上あった、なんて話もあってさ」
「マジで! どうやって貯めたの!?」
「あの人は、とにかくケチだったんだよ。しかも偏屈でさ、旦那も子供も友達もいない。銀行も信用してない。ひたすら、稼いだ金を家に貯め込むのが生きがいだったそうだよ」
「でも、死んじゃったんでしょ?」
「ああ。それがさ……一年くらい前に、ウチから派遣された担当の介護士が自宅を訪問したんだけど、留守だったんだよ。それから、何度も訪問したけど毎回留守でさ、おかしいと思って警察に捜索届け出してたんだよ。まさか、白骨死体になってるとは思わなかったけどな」
「へええ……それで、貯め込んだ金はどうなったの?」
「うん、警察も自宅を調べたらしいんだよ。ところが、金は見つからなかったってさ」
「それ、ヤバくない? もしかしたらさ、殺されて金盗まれたんじゃないの?」
「かもしれないな。けど、担当だった大山って奴の話では、中村さんはかなりの嘘つきだったみたいだ。金なんか隠してないだろうって言ってたよ」
「えっ、一億円貯めてたって嘘だったの?」
「うーん、どうだろうな。ただ痴呆が進むと、自分は実は金持ちだ、なんて妄想するケースもあるんだよ。そんな妄想に取り憑かれた挙げ句、ありもしない金を探して森の中に迷い込んで遭難……有り得る話だよ。警察も、そう判断してるみたい」
「なんか、かわいそうな人だね」
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