2.寮

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2.寮

「って、どこだ、ここ‥」  先程の強烈なキスを思いだし、あれやこれやと考え事をしながら歩いていたら、気が付くと全く見覚えのない場所に来てしまっていた。  氷室は目を隠すように伸ばした長めの前髪の隙間から辺りを見回した。  もちろん入学したばかりで学校中見覚えのない場所ばかりなのだが、入学前に一度学校見学として教室、食堂、寮、生徒会室、ロッカーなど基本生徒が毎日使う場所は案内してもらっていた。  先程のいた場所から、行こうと思っていた自分の寮までそう遠くはないはずだったのだが‥。    先生から渡された地図を胸ポケットから取り出し広げる。    しかしすぐにため息が出た。  今自分がどこにいるのかさえ地図を見ても分からない。  何せこの学園は無駄に広い。生徒が多い分、設備も整って建物事態は豪華で綺麗だが、建物の数や部屋の数がとにかく多い。  地図を見たところで自分がいる場所を探すのにも一苦労だ。  だからって内気な氷室は誰か別の生徒に道を聞く勇気もない。  「なんだよこの分かりずらい地図‥‥えっとここが保健室で、二階が図書館だから‥?」  そうひとり言を呟きながら地図をグルグルと回していると 「もしかして迷子~?」    背後から声が聞こえたかと思うと、ぬっと手が伸びてきて、氷室の持っていた地図をひょいと取り上げられる。    その声の先を見ると‥とただ振り向いただけでは、その声の持ち主の胸ポケットに付けている西園寺学園バッチしか見えなかった。  そのまま目線を上にずらすとようやく目が合った。  で、でかっ‥。  氷室より頭一つ以上は大きい、185は超えているであろう男が眠そうな瞳で氷室を見下ろしていた。  男にしては少し長めの肩につくかつかないかくらいの黒髪を雑に後ろで結い、口にはチュッパチャップスを咥えている。背の割に体は細身でスラリとしていて、その眠そうなとろんとした瞳や下がり気味の眉で、背は大きく迫力があるかどことなく脱力感のある男だ。 「あ、ま、まあ、そうですね、迷子‥です。」 「あ、やっぱりそうなんだー。緑のネクタイってことは二年生かぁ。僕と同じだ~」    見た目と同様、語尾を伸ばすのが癖なのか、話し方も脱力している。    ていうか同学年なのにこんなでかいのかっ‥。  先輩かと思ったが、緑のネクタイは二年生の印だ。どうやら本当に同学年らしい。 「どこいきたいのー?ていうかさ、もう二年なのに場所覚えてないとか笑っちゃうんだけど~。君、夏休みで全部忘れちゃいましたとかいうちょっとアホな子なの~?」      いきなり軽く毒を吐かれ、思わず、うっと口ごもる。    普通初対面のやつにそんなこと言わないだろ‥!?   「あ、いや、実は今日転入してきたばっかりなんですよね‥。あっえーと、寮に行きたくて、この202号室っていうところなんですけど‥」    氷室はまた何か悪態をつかれるのではないかとおどおどしながら、男の持つ地図に書かれた寮の中の202という数字を指差した。 「ふーん、転入生なんだぁ。まあ、どうでもいいけど。202ね、じゃあとりあえず付いてきてよ」    そういって男は地図をヒョイと氷室に渡すと、クルリと向きを変えて大股で歩き出した。  氷室は、あ、はい、と返事をしてその男の後ろをついていった。  少し言い方はきついかもしれないが、迷子になっていた自分に声をかけ案内してくれるところを見ると、なかなか優しい人なのかもしれない。  しばらく歩いていると男は突然、「あ」とつぶやき、何かを思い出したように立ち止まった。  いきなり立ち止まるものだから、癖で猫背気味に歩いていた氷室はその背中にゴツンと顔をぶつけた。 「うぐっ!」 「あ、ごめんごめん~」  氷室は自分の鼻をを押さえて、後ろに後ずさりした。  いきなりなんなんだよ、と思いながら氷室がジクジク痛む鼻を擦っていると、  男は氷室の方に向き直り、舐めていたチュッパチャップスを口から出し手に持つと、少し屈んで氷室の顔をじっと見つめてきた。  ジーーーーーーーーーー  え?な、なにか俺怒らせるようなことした‥?  いきなり間近で顔を見つめられ、氷室は訳も分からず目を泳がせた。 「君、もしかして氷室くん?」 「えっ?」  男の口から出てきた自分の名前に思わずビクッと体を震わせる。    なんで  なんで名前を知られているのか。 「違う?氷室くんじゃない?」 「あ、いや、氷室‥です」  氷室がコクコクと大袈裟に頷いて見せると、男はそっかあーと大きな声で言ってまたチュッパチャップスを口に咥えた。 「君が氷室くん、かあ‥。」 「な、なんで名前、知ってるんですか‥?」 「えー?まあ色々と?人から聞いたんだよー、氷室って転入生が来るってさ」  あぁなんだ、だからか  思ったよりも単純な理由に、氷室は意味もなくホッとした。 「あ、ちなみに僕の名前、聞かなくていいのー?」  そういいながらずいっと男は氷室にまた顔を近づけた。  いちいち近いんですけど‥!?  てかなんだその言い方‥!   「えっ‥と‥お名前は‥?」 「空閑颯乎(くがそうや)。僕の名前、覚えておいた方がいいよ~」 「えっそれって、どゆいう‥」 「あ、あと僕たち同級生なんだから、その鬱陶しい敬語やめてよ~まあ君暗そうだし、敬語の方が慣れてるのかもしれないけどさ~」  氷室の言葉に被せぎみそう言うと、空閑はまたスタスタと歩き始めた。  まあ俺はたしかに根暗ですけど、初対面とか女子とか陽キャの人には敬語ばっか使ってましたけど‥!!  なんだかすべてを見透かされたような気分になる。  氷室は慌てて空閑の後を追いかけた。
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